ヒロオミとレジェが一緒に暮らしだしてから、2回目の春がきた。
「わかったよ、安心して行っておいで。」 「よろしくお願いします。」 随分とふくよかなおばさんに、レジェは頭を下げる。おばさんは、村で一番教会の近くに住んでいる家の人だ。普段は旦那と一緒に畑仕事をしているが、ヒロオミとレジェの顔を見るたびに、何かしら家で取れた野菜をくれる、とてもほがらかでおおらかな人。 レジェは、留守の間、教会のことをお願いするために家を訪問したのだ。なぜなら、今年は首都の教会に顔を出さなくてはいけないためである。2年に1度、この春の季節に数日、レジェは大教会に戻る約束を「司祭様」としていた。 「大丈夫!もう3回目だからね。戸締りと火を見ておくだけだし。」 「本当にご面倒をおかけします。」 レジェはもう一度頭を下げる。 「それより!ちょうどキャベツがとれたから。もってって!」 おばさんは、小走りに納屋に走っていく。
「おかえり〜。えらいキャベツだね。」 「いただいてきました。」 居間で馬に乗せる鞍の足踏みをチェックしながら、ヒロオミはレジェに声をかける。レジェは腕にキャベツを抱えながら、台所の横にある納屋へと入っていく。 「ついでに、馬もお願いしてきました。」 「そっかそっか。後で取りにいく?」 「春祭のついででいいと思います。」 「あいさ。」 パチンパチン、と皮をひっぱる音が居間に響く。レジェは、台所に1つだけ残してあったキャベツを掴んで、夕食の仕度を始める。
数日前の会話。 「ヒロオミ、今年は私、首都の大教会に行かなくてはいけないんです。」 「ん?」 夕食後、めずらしくペンと便箋を部屋から持ち出して、床に座りながらレジェがヒロオミに声をかけた。ヒロオミは、先にレジェがいれてくれたお茶を飲みながら、本を読んでいたが、パタンと閉じる。 「何かあるの?」 「はい。司祭様との約束で、2年に1回、復活祭に出なくてはいけないんですよ。」 「復活祭?」 「大教会の祭典の1つですね。」 大教会では、毎年2回、大きな祭典を行っている。その1つが春に行われる「復活祭」で、春と光の女神ミーゼリアが世界創造の際、主たる女神エザリムの手助けをして、大地に光を注ぎ、全ての生物を死から再生させたという神話に基づいて、大聖堂で舞踊を行う。 「ふむ。」 レジェの説明を聞いて、ヒロオミは首を捻った。 「そういえば、俺、ここに何の神様がいるかも知らなかった。」 「まぁ、特に説明はしていませんでしたから。」 「で、今年は行かなくちゃいけないわけか。」 「はい。ついでに、報告書を提出したり、いくつかの用事も済ませるんですけど。」 レジェは便箋を1枚、テーブルの上に丁寧に置いて、ペンにインクをつける。 「なるほど、それで今から仕上げる?」 「そうなんです。来週の頭にはでかけようと思うのですけどね。」 紙にペンが滑り始めて、カリカリと小気味よい音がする。 「ふむ…。」 「勉強会にも顔を出すつもりです。それで、お留守番をお願いしようかと。」 「ついてったら邪魔?」 「え?」 ペン先がぴたりととまって、レジェはヒロオミを見た。 「いや、邪魔なら大人しく待つけれど…。」 「い、いえ。ただ、特に楽しくはないですよ。復活祭の前は首都全ての酒場も閉まってしまいますし。禁欲に入ってしまいます。」 「大人しくしとくよ?」 「それに、私も祭典前の儀式に入ってしまいますので、しばらく顔を合わせられませんよ?」 「しかし、見たことがないので見てみたい。」 「そ、そうですか。じゃぁ、一緒に行きますか?」 「うむ。」
そんなわけで、ヒロオミとレジェは2人分の短い旅支度を、次の日から始めた。牧場をしている人から馬を2頭借り受け、片道3日程で野宿はないので、念のため程度の食料と衣装などを揃える。 おおよそその仕度は済んで、今はヒロオミが荷物の最終チェックをしている。レジェは、村の春祭のための料理を作っている。 「よし。大丈夫だと思う。」 「お疲れさま。」 「料理はどう?」 「もうすぐできますよ。キャベツで具を巻いて煮込んでいます。」 毎年、村では春の畑仕事前に、村人が唯一の酒場に料理を持ち寄って、簡単なお祭りをしている。酒を呑んで踊って騒ぐだけだけど、これから一緒に仕事をしていこうという交流の場所であり、村人全員、大人から子供まで参加をするので、レジェもヒロオミももちろん呼ばれている。 「ヒロオミは、去年はまだ歩けませんでしたからね。」 「うん、楽しみだ。」 「ランサーさんがきっと酒豪レースをけしかけてきますよ。あまり飲みすぎないでくださいね?」 「楽しみだ。」 レジェは皿に料理を盛りつけて、「よし」とつぶやいた。 「できた?」 「はい。ランタンに灯りを入れてください。いきましょう。」
2人は、それぞれの手にランタンと料理を持ち、外に出た。
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