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作品名:終焉の先 作者:TAK

第18回   03-1 春祭(前編)
ヒロオミとレジェが一緒に暮らしだしてから、2回目の春がきた。

「わかったよ、安心して行っておいで。」
「よろしくお願いします。」
随分とふくよかなおばさんに、レジェは頭を下げる。おばさんは、村で一番教会の近くに住んでいる家の人だ。普段は旦那と一緒に畑仕事をしているが、ヒロオミとレジェの顔を見るたびに、何かしら家で取れた野菜をくれる、とてもほがらかでおおらかな人。
レジェは、留守の間、教会のことをお願いするために家を訪問したのだ。なぜなら、今年は首都の教会に顔を出さなくてはいけないためである。2年に1度、この春の季節に数日、レジェは大教会に戻る約束を「司祭様」としていた。
「大丈夫!もう3回目だからね。戸締りと火を見ておくだけだし。」
「本当にご面倒をおかけします。」
レジェはもう一度頭を下げる。
「それより!ちょうどキャベツがとれたから。もってって!」
おばさんは、小走りに納屋に走っていく。


「おかえり〜。えらいキャベツだね。」
「いただいてきました。」
居間で馬に乗せる鞍の足踏みをチェックしながら、ヒロオミはレジェに声をかける。レジェは腕にキャベツを抱えながら、台所の横にある納屋へと入っていく。
「ついでに、馬もお願いしてきました。」
「そっかそっか。後で取りにいく?」
「春祭のついででいいと思います。」
「あいさ。」
パチンパチン、と皮をひっぱる音が居間に響く。レジェは、台所に1つだけ残してあったキャベツを掴んで、夕食の仕度を始める。

数日前の会話。
「ヒロオミ、今年は私、首都の大教会に行かなくてはいけないんです。」
「ん?」
夕食後、めずらしくペンと便箋を部屋から持ち出して、床に座りながらレジェがヒロオミに声をかけた。ヒロオミは、先にレジェがいれてくれたお茶を飲みながら、本を読んでいたが、パタンと閉じる。
「何かあるの?」
「はい。司祭様との約束で、2年に1回、復活祭に出なくてはいけないんですよ。」
「復活祭?」
「大教会の祭典の1つですね。」
大教会では、毎年2回、大きな祭典を行っている。その1つが春に行われる「復活祭」で、春と光の女神ミーゼリアが世界創造の際、主たる女神エザリムの手助けをして、大地に光を注ぎ、全ての生物を死から再生させたという神話に基づいて、大聖堂で舞踊を行う。
「ふむ。」
レジェの説明を聞いて、ヒロオミは首を捻った。
「そういえば、俺、ここに何の神様がいるかも知らなかった。」
「まぁ、特に説明はしていませんでしたから。」
「で、今年は行かなくちゃいけないわけか。」
「はい。ついでに、報告書を提出したり、いくつかの用事も済ませるんですけど。」
レジェは便箋を1枚、テーブルの上に丁寧に置いて、ペンにインクをつける。
「なるほど、それで今から仕上げる?」
「そうなんです。来週の頭にはでかけようと思うのですけどね。」
紙にペンが滑り始めて、カリカリと小気味よい音がする。
「ふむ…。」
「勉強会にも顔を出すつもりです。それで、お留守番をお願いしようかと。」
「ついてったら邪魔?」
「え?」
ペン先がぴたりととまって、レジェはヒロオミを見た。
「いや、邪魔なら大人しく待つけれど…。」
「い、いえ。ただ、特に楽しくはないですよ。復活祭の前は首都全ての酒場も閉まってしまいますし。禁欲に入ってしまいます。」
「大人しくしとくよ?」
「それに、私も祭典前の儀式に入ってしまいますので、しばらく顔を合わせられませんよ?」
「しかし、見たことがないので見てみたい。」
「そ、そうですか。じゃぁ、一緒に行きますか?」
「うむ。」

そんなわけで、ヒロオミとレジェは2人分の短い旅支度を、次の日から始めた。牧場をしている人から馬を2頭借り受け、片道3日程で野宿はないので、念のため程度の食料と衣装などを揃える。
おおよそその仕度は済んで、今はヒロオミが荷物の最終チェックをしている。レジェは、村の春祭のための料理を作っている。
「よし。大丈夫だと思う。」
「お疲れさま。」
「料理はどう?」
「もうすぐできますよ。キャベツで具を巻いて煮込んでいます。」
毎年、村では春の畑仕事前に、村人が唯一の酒場に料理を持ち寄って、簡単なお祭りをしている。酒を呑んで踊って騒ぐだけだけど、これから一緒に仕事をしていこうという交流の場所であり、村人全員、大人から子供まで参加をするので、レジェもヒロオミももちろん呼ばれている。
「ヒロオミは、去年はまだ歩けませんでしたからね。」
「うん、楽しみだ。」
「ランサーさんがきっと酒豪レースをけしかけてきますよ。あまり飲みすぎないでくださいね?」
「楽しみだ。」
レジェは皿に料理を盛りつけて、「よし」とつぶやいた。
「できた?」
「はい。ランタンに灯りを入れてください。いきましょう。」

2人は、それぞれの手にランタンと料理を持ち、外に出た。


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