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作品名:終焉の先 作者:TAK

第17回   02-6 戦争終結の理由
ハヤセが営巣しているテントに、目まぐるしく兵隊が出入りしている。
「左翼側の消耗が激しいようで、只今編成をしなおしています。」
「槍の補充完了しました」
「矢の追加要求が8部隊から申請されています」
もっとも、ハヤセは聞いてなどいない。全ては傍に控えたサカヒコが聞いている。サカヒコは軍の総司令官で、厳つい髭を口元に蓄えた、厳格な男である。
「追加には全て応えよ。」
「中央舞台の馬を供出させ、左翼に割り当てよ。」
低く威厳たっぷりの声で兵隊にてきぱきと指示を与えている。
「王。偵察が戻って参りました。エザリム様は居ない様子ですが。」
「ん?まぁ、世でもここに連れてくるようなことはせぬ。」
全く予想の範囲内だという顔をして、ハヤセは答える。
「明日も激しい戦闘になりましょう。お休みになられては?」
「ふむ…では、サカヒコ、後は任せる。」
ハヤセは素直に従う。そもそも、心ここにあらずという雰囲気を漂わせている。恐らくは、エザリムのことでも考えているのであろう。
サカヒコは、王がテントから兵士を伴って出て行くのを見届け、心の中でため息をつく。軍人としては武勲の機会ではあるが、なんとバカバカしい戦争か。


ほんの少し他より高い場所に、ヤマ軍の陣地が布陣されている。総勢4万人、テントと漏れ出る明かり、それにたいまつの明かりが、闇の向こうまで並んでいる。今回の戦争は数十年振りに大規模なものだったから、諸侯はこぞって参加をしていた。今後、武勲を上げる機会など全くの皆無だと思ったからである。
ハヤセは中から騒ぐ声が聞こえる諸侯のテントを横目に見ながら、自分のテントへと入る。

やはりランタンだけの明かりになるので、テントの中は薄暗い。それでも、他のテントよりはやはり調度品もそれなりに整っていて、きちんとベッドもある。ハヤセはテントに入ると、マントを椅子にひっかけ、鎧を脱いで、疲れた表情をしたままベッドに潜り込もうとした。
「…誰だ!」
思わず、小声で声を出す。
ベッドに、誰かがいる。
天蓋がついているので気がつかなかった。薄暗さにまだ目がよく慣れていないためか、ベッドの辺りは妙に暗くて見えない。
「…ハヤセ?」
「!」
王は思わず顔を寄せる。
「エザリムか!?」
「うん。」
「戻ったか!」
ベッドへ飛び乗る。しかし、次の瞬間、ハヤセは背筋が凍った。

そこには、闇があった。
うっすらとエザリムがいて、そしてもうひとり、誰かがいる。しかし、どれほど目を凝らしても見えない。…いや。そこには、完全な闇があるだけである。
「人の王か。」
空気が微かに震えるような、人ならざる声が聞こえる。
「誰だ!」
「お前は人の王か。」
ハヤセは、大声を出して兵士を呼ぶことに、ようやく気がついた。しかし、既に喉はカラカラに乾き、何より気圧されてなんとか声を出すのがやっとの状態。
「…いかにも、私は、人の王だ。」
「お前は、望みすぎだ。」
空気が震えて、ハヤセを断罪する。
「ここにいるは、エザリム。時と空間、風を操る神なり。お前は神を望んではならぬ。」
「エザリムは…神だと言うのか…」
胸が押しつぶされそうだ。呼吸が苦しい。冬の寒さ以上、凍る程寒い感覚に襲われている。闇は圧倒的な威力を持って、ハヤセを見つめながら、揺らいでいる。
「人の世は人が治めねばならぬ。」
空気は静かに震えた。
「エザリムは居るべき場所へと戻るのだ。争いをやめよ。この争いは無益。」
「…」
反抗したいが、全くからだが動かない。むしろ、命をここに留めることで既に必死な状態だ。ハヤセは怯えに耐えながら、闇に向かい続ける。
「よいな。争いを止めよ。我はフィランゼ。闇と安息の神。我が名に於いて命じる。争いを止めよ。」
「…わ、わかった…。」
「ハヤセ、ごめんね。タケルにも伝えて。」
エザリムが心細そうな声で言う。
ハヤセは、もはや意識を保つだけでいっぱいになっている。

ふっと、闇が消えた。
後にはいつも通りの薄い闇と、静かな空間だけが残る。

ハヤセは倒れ込んだ。
生きている。
それだけで、ハヤセは心から、安堵した。



同じ頃。
ルーカスはテントの中の簡易机にペンを滑らせていた。
各諸侯への文書をしたためていたのだが、不意に机の上のランタンの炎が揺らめいて、大きく瞬いた。そのランタンを見つめて、なんとなく顔を上へあげた。

そこには、怒りを満面に浮かべた男が立っていた。

「…誰だ。」
ルーカスは全く気配を感じなかったことで、内心激しく動揺をしたが、表情には見せずに言い切った。目の前にいるのは、暗殺者か何かだと思ったのである。男は、薄い暗闇の中で、その瞳に不思議な輝きを見せている。
「名を名乗れ。」
もう一度、ルーカスは不愉快に思って聞いた。
「我が名は、ダルセだ。エザリムを返してもらった。」
「ほう…。」
手にしていたペンを置く。
戦と炎の神が、エザリムを取り返しにきたのか。
「争いを止めてもらおう。」
「そうもいかん。降りかかった火の粉を払っているのだからな。」
男の目の光が揺れる。
「お前は、それで、暗殺者か何かか?よくここまでたどり着けたな。」
「もう一度言う。争いを止めてもらおう。」
「同じ答えだ。降りかかっ…」
ランタンの炎が大きく揺れた。シェードが音を立てて割れて、炎がひときわ大きく揺らいだ後、消える。一瞬にして、薄い暗闇が広がる。
ルーカスは「まずいな」とだけ思った。早く人を呼べばよかった。ともあれ、明かりをなんとかせねばならない。
そう思った途端、ルーカスはぎくっとした。

男は、はっきりとルーカスの目にも見えていた。
この薄い暗闇の中、真っ白な髪と、激しい光を宿す瞳。
「エザリムは既に王宮にはいない。」
「お前は…」
「争いを止めよ。」
男の目の奥で、光が強く瞬いた。金色の瞳。
「…わかった、やめるように努力をしよう。」
「炎と戦争の神の名に誓え。」
「誓う。」
じっとりと、背中に嫌な汗をかいている。男は全く気配も殺意も感じられないが、圧倒的な威圧感は時間の経過と共に増えている。
「誓おう、…必ずだ。」
ようやく、事の重大さがわかってきた。
今や、目の前の男の正体がはっきりわかっている。

神だ。
心でその言葉をつぶやいた瞬間。男は目の前から消えてしまった。



こうして、ヤマとティアガラードの大規模戦争は、たった1日激突したのみで、翌日あっさりと終戦を迎えてしまった。
戦場の中央で行われた調停式で、ハヤセとルーカスは初めて視線を交わし、そしてお互いの身にも自分と同じことが起こったのだということを悟った。

誰もが胸をなで下ろした。
生きている者は皆、明るい笑顔で引き上げていった。
荒涼とした大地に残ったのは、歴史の狭間で命を落とした兵士たち。
そして、たった1人、レジェに助けられたヒロオミだった。

(第2章終わり)


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