ヤマとティアガラードが、お互いの軍備を整えながら、水面下で激しく交渉を行っている頃。
とても人が生きていることはできないだろうという高い高い山の頂き辺りにある「宮殿」で、1人の男が大暴れしていた。その体躯は鍛え上げられ、若さに溢れている。髪の色は真っ白で、目は金色。なにやら、抑えきれない怒りを覚えているらしく、部屋にある調度品を片っ端から蹴り倒し、投げつけ、破壊を繰り返している。
「あのねぇ。ダルセ。」 ドアの傍で、それを見ている女性がバカバカしいという顔つきをしながら、声をかける。もちろん、ダルセと呼ばれたその男は、止める気配などまるでない。 女性は、艶やかで長い黒髪。瞳も黒いし、肌もなめらかな小麦色。黒いローブを纏っているので、何かしら独特な雰囲気を感じる。 「ダルセ。そろそろ止めないと、片付けの時に後悔するわよ?」 女性は全く止めようという気を感じない声色で、話しかけている。ダルセの動きがぴたっと止まった。血走った目を女性に向ける。 「お前は、怒りを感じないのか!?」 「うーん。正直、怒るのに飽きた?みたいな。」 「みたいな。って言うな!!!」 女性は首をすくめる。とばっちりだ。 「いい加減、ダルセも飽きてみたらどうかなって思うけど。」 「飽きるとか、飽きないとかの問題じゃないだろ!」 あーあ。あのカップ、結構気に入ってたのになぁ。壁にたたきつけられて粉々になった陶器の破片を見ながら、女性は首をすくめる。 「でも、本当の問題は、今すぐ捜し始めないとってことじゃないの?」 今度は、我に返ったようにダルセは動きを止めた。 「…確かにそうだな。」 「でしょう?ま〜た。歴史が変わるわよ。」 「フィランゼのそういう冷静なところ、好きだけど嫌いだ。」 「複雑なお年頃なのね。さっそく、捜しましょう。」 フィランゼと呼ばれた女性は、ドアを開けて部屋を出て行く。 「あ。片付け、見つけた後でいいから。」 ダルセも後に続こうとしたが、くるりと振り返ったフィランゼに宣告されて、表情に焦りの色を浮かべる。いくらなんでも後悔するには早すぎなんじゃないの?とフィランゼは思うが、それどころではないので黙っておく。
2人の隙を突くように、エザリムが消えたのに気がついたのは、午後になってからだった。最近は眠りについていることも多くて、2人ともすっかり油断していたのである。彼女が世界をウロウロすると、本当に厄介なことばかりが起こった。下手をすると、人類史どころか、星の歴史すら変えてしまいかねない存在。 現に、こんな世界になってしまったのは、彼女が目覚めたからである。
あぁとにかく捜さなくちゃ。考え事をしていたフィランゼは、この世界におおよそ「不似合い」な、大がかりな装置の前に立つ。ダルセもまた、隣に並ぶ。 「あの衛星、長持ちしてるよなぁ。」 「そろそろ墜落するんじゃないの?」 「次の打ち上げないとだめか?」 会話すら、明らかに世界に不似合いだ。
装置は、まるでいくつもの大きなガラスが重ねられたかのようなものである。フィランゼは、手元の1枚に指を触れる。認証が始まって、一番大きな1枚に、透明感のあるメニュー画面が現れる。 「エザリム、ちゃんと識別できるかなぁ」 「大丈夫、ICチップの寿命はまだまだよ。」 手元のパネルに手を触れると、次々とメニューが目まぐるしく切り替わる。やがて、大きな画面に風景が映し出された。 「拡大拡大。」 「まぁ、落ち着きなさい」 せかすダルセを制して、じっと画面を見つめながら、注意深く手元のパネルを操作する。範囲指定をして、拡大を徐々に繰り返し、次第に目的のポイントに近づいていく。 「あ、いた。」 「…んーじゃい!王宮じゃねぇか!」 ダルセが怒りの声をあげる。音声までは聞こえないが、エザリムは王と思われる人物の横で、じっとしている。王は、手元に手紙を持っている。 「今の言語って、結構無駄が多いわよね。」 つぶやきながら、手紙を拡大していく。 「なんて書いてある?」 「まって、ただでさえ読みにくいんだから…えっと…」
向きがおかしいのと、慣れないのとで読みにくい。 時折、解像度が悪くてわからない文字もある。 …軍。…動員。…戦争。エザリム。 「はぁ?」 「え?なになに、何が書いてあるんだよ。」 フィランゼは思わず素っ頓狂な声を上げた。 「うわ〜…」 「教えてくれよ」 「どうも、戦争が始まる見たいよ…」 「なんで!」 「え〜と…エザリムの、とりあい?」 「…。」 あぁ、ダルセ、唇がぶるぶると震えてる。フィランゼは、憂鬱になった。全員を眠りから醒ましてこれからのことを相談しないといけないのに。
ダルセが歩いて部屋を出て行く。ばたん!背後で激しくドアを閉める音がした。フィランゼはエザリムをマーキングしてから、苦々しい気分でダルセを追った。
|
|