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作品名:終焉の先 作者:TAK

第15回   02-4 交渉決裂
ハヤセは父王を廃位し、新王として即位を果たした。
そして最初に行ったことは、国中へのお触れである。エザリムを捜せ。簡単に言うとそれだけの文面であるが、その報酬として莫大な金貨を与えるとしたために、国中はあっという間に上から下まで大騒ぎになった。

国中から、「美女」と呼ばれている女性を連れた人々が、毎日毎日王宮へ謁見に訪れた。しかし、誰1人、エザリムを連れてきた者はいなかった。

木が纏っていた枯れ葉がすっかり地面に落ちた頃、とうとうハヤセの元に「朗報」が訪れた。ハヤセはその朗報に喜び、もたらした商人と謁見をした。
「バンガード、と申します。」
商人は卑下た笑いを浮かべながら、その表情に相応しい仰々しさで頭を下げた。
「早く申せ、前置きなどどうでもよい。」
ハヤセはいらいらしている。そのいらいらの責任を目の前の卑しい商人のせいだと責任を内心でなすりつけながら、続きを促す。
「はい、エザリムは手前が以前、こちらへ連れてきたものですから、顔は間違えようもございません。1週間ほど前になりますか、隣国のティアガラードの王宮でお見かけいたしました。」
「うん?ティアガラード?」
ハヤセは身を乗り出す。

本当は、バンガードは、偶然にも再びエザリムに出会ったのである。場所は、隣国ティアガラード。ティアガラードの首都は大きく、この地方では最大の歓楽街がある。先にこのヤマの王宮へエザリムを売り飛ばした代金として大金を手に入れ、バンガードは遊びたい放題、それを浪費していたのである。
見つけたバンガードは、驚いたが、悪知恵を働かせて、今度は再び、ティアガラードの王宮に彼女を売り飛ばした。
エザリムは、今度は流石に不信感を露わにしたものの、それでも捜している人がよほど大事なのか、大人しく売り飛ばされてくれたのである。
それでまたもや大金を手に入れ、豪遊をしようとしていた矢先のことだった。ヤマにも出入りしている同業の男が、お触れについて教えてくれたのである。というか、会話をしているところを盗み聞きしたのである。
バンガードは3匹目のドジョウを狙うために、急いでヤマに舞い戻った。

そして、今、こうして王に謁見しているのだ。

「はい。ティアガラードの王宮でございます。手前はあちらのさる方に懇意に商売をさせていただいておりまして。あの日もたまたま、王宮の中へと出入りさせていただいていたのですが、なんとエザリム様がいらっしゃいましてな。非常に驚いた次第です。まして、こうして国に戻ると、王が捜していらっしゃるとか。私はヤマの生まれでございます。報酬より何より、まずは王に知らせねば。そう考え、僭越ながらこうして謁見をお願いした次第にございます。」

売り飛ばした、などとは絶対に言わない。

「ふむ、確かにそなたがエザリムを連れてきたのであったな。では、間違いではないのだろう。」
「は。もちろん、会話もできず、ましてや王宮から連れ去るなどできませんで、こうしてお知らせすることしかできないのは心苦しいのですが…」
「わかっておる。報酬は取らせよう。」
「ありがとうございます」

ハヤセは手をひらひらさせた。出て行けという合図だ。
両側に武官が近づいてくる。バンガードは首をすくめながら、おどおどした様子で従って退室する。

ティアガラードの王宮。
これは難しいことになったな、とハヤセは玉座の膝置きに手を置いて考える。エザリムのことだ、あちらの王宮でも、そのすばらしい知識を用いて相談に乗っているに違いない。だとすると、「返してくれ」などと言って大人しく返してくれるとも思えぬ。そうでなくても、下手にムキになって要求をすれば、エザリムの「価値」についてあちらに知られることになってしまいかねない。

少し考えを逡巡させた後、それでも使いを出すしかないか、とハヤセはシンプルな結論にたどり着いた。
まずは普通に出してみるしかないのだ。何もかも、始めるためには。



ティアガラードの王宮で、エザリムは王の部屋にいる。
王の名前はルーカス。ティアガラードもまた古くからの国だが、隣のヤマとの明確な違いは、世襲で王が決まっていないところである。合議制を敷いている国で、次の王も会議の中で選出され、決定する。現に今の王も、若くして政治の世界で才覚を現し、2年前の会議で「王位」を継ぐことになった、若干28歳の若者である。
「エザリムは本当に不思議な人だな。」
「そう?」
ルーカスは、大きな椅子に楽な姿勢で座り、片手にワインを持っている。エザリムは向かいの席に座り、同じくワインを飲みながら、所在なさげにしている。
「そなた程美しい女性は見たことがない。」
「そうかしら?」
「かと思えば、驚くほどの博識だ。」
「そうかしら?」
「私は妻を娶ろうと全く思ったことがないが、エザリム、あなたは是非妻として迎えたいと思ってるよ。」
「うーん、何度も申し訳ないんだけど、結婚は…。」
「わかっている。もう諦めている。勝手に思っているだけだ。」
ルーカスは苦笑を浮かべてワインを飲む。目の前の女性は、妻とするには奔放過ぎる、最初は熱心に求婚をしていたルーカスも、そろそろそのことが判ってきていた。彼女は、おおよそ誰かに付き従うわけではないのだ。…たった1人を除いて。
「それで、ハルという男についてだが…。」
「うん。」
やっと、所在なさげで、興味なさげにワインを飲んでいたエザリムが、こちらに集中するのを感じる。ここまで彼女が探し続け、執着している「ハル」という男は、一体どこにいるのだろうか。
「やはり、今のところまだ見つかっていない。」
「そう…。」
がっかりした表情。
「まぁ、焦るな。まだ国の1/4程しか捜していないのだ。」
「どこにいったんだろう…。」
「恋しいか?」
エザリムの暗い表情に、思わずぽろっと質問をしてしまう。エザリムは、予想外の事を聞かれた、と表情で語って、そしてルーカスをまっすぐと見つめる。
「愛しいわ。ハルのことが、とても。他になにもいらないの。」
「そうか。」
正直な女性だな、見たこともないハルに嫉妬をしてしまいそうだ。ルーカスはもう一度、苦笑する。
「では、さらに捜すことにしよう。よろしいか?」
「うん。」

コンコン。
不意に、夜だというのに部屋をノックする音がした。
「誰だ?」
「は。お休みのところ、誠に申し訳ありません。王。」
「構わぬ、入れ。」
ドアが開いて、王になる前から従ってくれている執事が部屋に入ってくる。エザリムは、執事をじっと見ている。
「実は先ほど、ヤマの国王からの急な使いが参りました。」
「うん?ヤマの国王?」
「タケル?」
エザリムは意外そうな表情をする。ルーカスは、ヤマの国王の名前を知るエザリムに、もっと意外そうな視線を向ける。
「はい。書簡を王に急ぎ確認していただきたいと。」
執事の手には、木で出来た筒が握られている。
「よこせ。」
「は。」
執事から書簡を受け取ると、筒を開いて、文面に目を通す。
「…ほう。」
ルーカスは口元に笑みを浮かべた。
「エザリム。」
「なあに?」
「そなた、ヤマの王宮にいたのかな?」
「うん。いたわ。ハルを捜す手伝いをしてもらったの。」
「なるほどな。この文面には、そなたにヤマへ戻って欲しいと書いてある。」
「タケルが?」
「…いや。この署名は、ハヤセと書いてあるように思えるが?」
「え。タケル、病気でもしたのかしら…。」
ルーカスは気軽にエザリムに文書を手渡す。エザリムは、文面に目を通す。確かに、王の名前として書いてあるのはハヤセの名前だ。
「どうする?」
不意に、ルーカスが聞いた。
「え?」
「戻るか?ここで、探し続けるか?」
エザリムは眉根を寄せた。
タケルのことは気になるが、出て行くことを強く反対したハヤセからの依頼である。正直、戻ったら、そのまま王宮に留まることを強く言われるに違いない。そうなると、エザリムはいつでも出て行けるが、面倒なことになるには間違いないだろう。
「ううん…戻るのは嫌かなぁ。」
「よしわかった。」
王は席を立ち、ベッドの傍の簡易机で便箋にペンを走らせた。本来なら会議にかけなくてはならないくらいの話だが、選出された王であるルーカスには、それなりの力も与えられている。女性1人守りきれなくて何のための力だ…と思ったので、即答をすることにした。
「執事、これを従者に渡してくれ。」
「かしこまりました。」

その文面には、簡潔に、エザリムの意思により、エザリムはヤマへは戻らない、とだけ書かれていた。数日後にその書簡はハヤセの手元に戻り、ハヤセは頭に血が上るのを感じた。そのままの怒りと勢いで、ハヤセは軍隊の準備を整えるように命令を出した。

こうして、ヤマとティアガラードは不穏な空気を抱き始めたのである。


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