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作品名:終焉の先 作者:TAK

第13回   02-2 交換条件
大陸歴823年。ヤマの国王タケルの治世は今年で38年目となる。年齢は62。この世界の平均寿命が70程度であることを考えると、彼も既に老齢の域に達している。
彼の父王は、非常に厳格な王だった。少しの不正も許さないその強い姿勢は息子タケルにとってはとても頼もしく強い父親として目に映ったが、結果としては死を早める原因ともなってしまった。自分ばかりか、周囲に対しても険しい姿勢は窮屈さを生み出し、ある日食事に毒を盛られてそのまま急逝してしまったのである。
タケルは、父親を尊敬してはいたが、自らが王になるにあたり父親の真似はしなかった。命が惜しかったというよりは単純に、父の背中から見る臣民たちの表情が決して幸せそうではなかったからである。タケル王は不正に対してルーズになることはなかったが、失敗に対しては寛大に対処をした。
おかげで毒殺されることもなかったし、彼の治世は「存続してきた国が、今後も繁栄を続けるにあたりふさわしい」ものとして、人々から賞賛されている。確かに彼には、例えば国を新しく建国するような覇気はない。しかし、国を保ち続けるための資質はあったということになるのだろう。


で、今は、卑下た表情が気に入らない家臣が連れてきた、信じがたい美女を目の前に、自分の部屋で頬杖をついている。
「そうなんだ。」
「うむ。王宮内はくまなく探させたのだが、”ハル”という人物はいないらしい。ここから先は、国内を探してみなくてはならんだろうな。」
「うーん、それって大変よね?」
女性は、自らの名前を「エザリム」と名乗った。王もさして信心深くはないが、もちろん十分にその名前を知っている。この世界を創った、主たる女神の名前。その名前を、なんてこともなく名乗る女性は、決して名前負けをしていなかったが、なんとも言えない不思議な存在に思えた。
「王、いらっしゃいますか?」
ドアの外で足音がして、ついで小気味よくノックをする音がした。声は、息子のハヤセのものだ。王が30の時に生まれた嫡子で、今年42。タケルから見ても大人しいが、よく物事を考え、識ろうとする姿勢を謙虚に持つ王太子。
「入れ。」
王は、「息子だ」とエザリムに告げてから、大きな声で入室を許可した。ドアが開いて、目元がタケルによく似ている壮年の男が入ってくる。
「おや。その方は?」
「大臣が連れてきたのだ。妾にしろと言っていたが、人を探していると言うのでな。」
「ははぁ、”ハル”という人のことですな?」
「こんにちは。あなたはハルのことを知ってる?」
「いいえ、お嬢さん。私はわかりません。」
女性の綺麗さにそぐわない、物怖じをしない姿勢に、少し面食らったようにハヤセは目を丸くしながら答えている。
「変わったお嬢さんですな。」
「うむ。…あぁ、とりあえず用件を聞こう。」
エザリムは考え事をしている表情になった。
「これは失礼しました。実は、東部のハッタ川が、今年も氾濫しまして。治水が上手くいかないのです。それで、王にも相談に乗っていただきたいと…。」
「図面はあるか?」
ハヤセは手に持っていた紙の筒を、王の執務机の上に広げた。手際よく四隅に重しを乗せる。
「なぁに?」
女性が、きょとんとした表情で王に問う。
「ん?川から今年も水が溢れかえってな。周辺の人が困っているのだ。その相談をするから、少しだけ待っていてくれるか?」
「困ってる人がいるんだ。一緒に見てもいい?」
「あぁ、構わないが、楽しい話ではないぞ?」
まるで娘に話しかける優しい父親のような声で、王は苦笑しながら図面に目を落とす。適当にソファーに座っていたエザリムが腰を上げて執務机の傍に行き、眉根を寄せて図面に目を落とすタケルとハヤセの邪魔にならない角度から、図面をのぞき込む。
「どこが溢れたのだ?」
「こことここです。予想していたよりも2倍の量が流れ込みまして、作った土手が決壊いたしました。」
ハヤセは図面に印を書き込んでいく。タケルはせわしなく川の線を追いながら、何が原因かを考えている。

「まだ決壊するわ。」

不意に女性が声をあげたので、ハヤセとタケルは驚いて顔を上げた。エザリムは2人の驚きなど目もくれずに、じっと図面を見ている。
「…なんといった?」
タケルが聞き直す。
「まだ、同じくらいの水がきたら、3カ所決壊するわ。」
エザリムはなんてこともない口調で答える。
「お嬢さん、その理由と場所を説明していただけるかな?」
目の前の美女の突然の言葉に、ハヤセは驚きながらも、説明を求めた。
「そのペン、貸してくれる?タケル、何か紙が1枚欲しいのだけど。」
「…ど、どうぞ。」ハヤセは、ペンを手渡し、机の上のまだ何も書かれていない便箋を1枚、エザリムに手渡す。エザリムは右手にペンを掴むと、便箋に細かい文字を書き始めた。言葉を失ったタケルと、呆然とするハヤセは、何がかかれているかさっぱりわからない便箋と、その文字をすらすらと書いていくエザリムのペン先をじっと凝視する。
「うん。やっぱり。3カ所ね。」
便箋の半分程までびっしりと文字を書いた後、エザリムは納得したような口調で頷いた。そして、図面にペンで印をつける。
「ここと、ここ。それから、こっち。」
「り、理由は?」
ハヤセが思わず詰め寄るように問いかける。
「力学の計算ができると簡単なのだけど。…うーん、簡単に説明するわね。」
「お、お願いする。」
エザリムは1本、ラインを引いた。
「今、こことここが決壊したのね?」
「そうだ。」
「こことここが決壊するため必要なエネルギーを計算したの。同等のエネルギーがかかったと想定すると、この部分とこの部分、それにここが、一番圧力がかかるわ。」
「え?え?」
「その中でも一番危ないところ…多分、次はここが決壊する。治めるには、水の流れを変えて力を逸らさなくてはいけないけれど、もしも流れを変える程の時間がないのなら、ここからここに水路を作ればいいわ。水路は、毎秒少なくとも3トンの水量を受け入れる形にしないといけないけど。」
「え?え?」
何をいってるのだ、この女性は。ハヤセは、驚愕の表情を隠さずに女性を見つめる。タケルはただ黙って聞いている。
「それと、堤防の高さよりも川の幅と本数が必要よ。ここで水を集めてしまうと、いくら堤防を伸ばしても、その下で溢れかえってしまう。」
「お嬢さん!」
思わずハヤセは言葉を遮った。「ん?」という表情で、エザリムがしゃべるのを止める。
「…あ、質問でもあったのかしら。」
「あ、いや。お嬢さん、どうか、この川の治水事業を手伝ってくださいませんか?」
ハヤセは、興奮しながらエザリムに言った。女性の説明はさっぱりわからないが、図面を見るとおぼろげながら、言ってることが間違っていないことがわかる。
「え?でも、私は人を捜している途中で…。」
エザリムは眉をひそめて困ったなぁ、という風にあごに指を1本、あてる。
「それは、世が代わりにできる限りのことをしよう。」
「え?」
「エザリム、世からも頼みたい。この川は毎年暴れていて、周辺の村の人が大勢亡くなったり、生活に困ったりしているのだ。なんとしても、安心して暮らせるようにしてやりたいと思う。力を貸してくれないか?」
「人が、亡くなってるの…?」
「うむ。今年もまた、いつもの年よりは少なかったが、人が亡くなってしまった。愛する人が亡くなると悲しいものだ。だから、どうしても頼みたいのだ。」
「…うん、じゃぁ手伝う。」
愛する人、というところで、エザリムの表情から困惑が消えた。実に素直に頷いて、真顔で答える。
「でも、この川だけよ?」
「構わぬ。世も必ず、手を尽くして捜すと約束しよう。」
「ハヤセさん、よろしくね?」
「こ、こちらこそ。」

次の日から、エザリムはハヤセと行動を共にすることになった。約束はきちんと守る性格らしく、ハヤセのよき片腕としてきちんとアドバイスをしているようだ。王も、自らの約束を守らねばならぬ、と、従者の何人かを国中に送り、”ハル”という人物捜しを始めた。


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