ヒロオミの作った刀に、レジェの髪の毛が巻きつけられた1年程前のこと。
いつにも増して暑い夏のある日に、金儲けのネタを捜して街中をうろつく商人が1人いた。彼の名前はバンガード。彼は他の商人同様、金の匂いが大好きで、他の商人よりも遥かに汚い金にも喜んで飛びつく、仲間内ではあまり評判のよくない商人だ。 本人にしてみれば、金儲けというのはいかなる方法であっても、儲けられればいいわけであり、キレイゴトをいくら並び立てても、儲けられないのなら意味がない。その考えは自分の哲学であり、人生訓であり、座右の銘なのだと誇りたいくらいのものだ。 とはいっても、コツコツと働くのは性に会わないので、結局は彼は貧乏なままだった。他の仲間がコツコツと蓄財をしていく中、彼は時折大きな金を手に入れては豪遊したり、時折大損をしては日々の糧にも困るほどになり、結局のところ、手元に残る金はほとんどないような生活をしている。
しかし、そんな彼にも、いまや人生に一度とも言える程の大きなチャンスが巡ってきていた。 「ごめんなさい。私、そろそろ帰りたいのだけど。」 目の前にいるのは、稀に見る、いや稀にも見ないほどの美女。しかも、なにやら少し頭が弱そうな感じのする美女である。短く、緩やかにカールするブロンドの髪、瞳はどんな宝石も霞みそうな鮮やかで薄い色のブルー。肌は白く、四肢はすらっとしてたおやか。スタイルもよく、もしも金儲けの道具にならないのだとしたら、自分が飛びついてしまいたいくらいである。 「まぁ、そう言うな。やっと明日、あんたの捜している人がいる場所へ連れて行ってやるから。」 「本当に?私、自分で行ってもいいのよ?そう言ってもう3日も待たされてる。」 街のすぐ外で、3日前、彼女を発見した。というよりも、彼女に話し掛けられたのだ。なんでも人を捜しているようなことを言って、みかけなかったか、と聞いてきた。商人はもちろん、その人物が金儲けの種になるならともかくとして、そうではないので知りもしなかったが、その女性の容姿に一瞬で閃いたのだ。
売り飛ばそう。
そういう知恵だけはよく周るから、もちろん捜し人の話題も邪険にはしなかった。「知っているとも、なんなら、私が連れて行こうか?」と答えたのである。女性は、本当に嬉しそうな笑顔になった。それで、商人に大人しく着いてきたのである。2人は、街の裏路地にある安宿へと入った。
「名前は?」 「私?私はエザリムっていうの。あなたは?」 「私はバンガードだ。エザリムとは、神の名前じゃないか。」 全く神など信じてもいないが、神の名前くらいは知っている。 「さぁ。私は気にしたことなんかないけれど。それで、ハルはどこにいるの?」 「あんたの捜している人は、この国の王宮にいるんだ。」 「王宮?」 「そう。入るのも難しい場所だな。なんなら、私が手引きしてもいいぞ?」 「入るのが難しいんだ。あなたは入れるの?」 「ああ。入れるとも。」 「じゃぁ、お願いするわ。」
あっさりとしたものである。バンガードの身なりを見れば、王宮に出入りできるかどうかなんてすぐにでもわかりそうなものを、神の名を名乗るこの美女はなんの疑いも持たずに信用してしまったようだ。おかげで、こうして3日も安宿にいるわけである。 もちろん、バンガードは大真面目に彼女を王宮に連れて行くつもりでいた。決して約束を守るつもりではなく、王宮に連れて行けば金になると踏んだからである。それで、色々な情報と人脈を辿って、今日、ようやく、王に直接謁見できる大臣とつながりを持てたのである。
もちろん、大臣だって、バンガードも、バンガードの言葉も信用したわけではなかった。しかし、王の覚えはよくしたかったので、疑い半分で信頼できる執事をバンガードの安宿についていかせた。執事は堅物なので、主の気まぐれに憮然とした表情で出かけていき、そして腰を抜かさんばかりの表情で帰ってきた。ご主人様、驚きました、あんな美女は見たことがありません。それで、バンガードに後腐れのないような金額の金を渡すことを約束して、王への謁見の約束を取り付けたのである。
次の日。王は、表情に不愉快さを隠すことなく、玉座に座っていた。老齢を隠せない白くなった髪と髭、しかし威厳と、老いて思慮深さを備えた顔立ち。豪奢な服を身に纏い、頭には王冠を戴いているが、余計な装飾は一切つけていない。彼が、現王にして「中代の名君」と既に誉れ高い、ヤマの国王タケルである。 昨日、あまりつきあいたくない大臣が、しつこいくらいに謁見の約束を求めにきたのである。心の底から顔も見たくなかったが、普通は従者が申し出てくるところを、大臣が自ら申し出てきたという話を聞いて、致し方なく今日の予定に組み込んだのである。 「これは王様、急な申し出、かなえて頂き恐悦至極です。」 「そちも元気そうで何よりだ。」 全く何よりでもない表情で王は応える。 「実は、今日無理をお願いしましたのは、どうしても王に会っていただきたい女性がいまして。」 「もったいぶるな。」 「は、これは申し訳ございません。」 大臣は、申し訳ないという表情を全くせずに、態度だけは恭しく頭を下げる。 「では早速。…これへ!」 振り返って、ドアへと声をかける。ドアが開いて、女性が女官に連れられてくる。
思わず、王は「むっ」と声を上げて立ち上がった。
女性は、綺麗に整えられた白い衣装を着ている。若さに溢れ、見たこともない程に美しい。大臣は王の反応を見て、満足そうな表情を浮かべる。 「市井で見つけ、聞けば親もいない様子。いっそ路頭に迷うよりは、王のご寵愛を賜れるならと、ここに連れて参った次第にございます。」 王は言葉をなくしている。 女性は不思議そうに周囲を見渡し、そして大臣を置いて前に進んだ。壇上に座る王を見上げて、じっとしている。 「ぜひ、ご寵愛を。」 「…う、うむ。」 王はその様子を呆然と見ていたが、突然我に返る。 そして、目に飛び込んできた大臣の慇懃な笑顔を見て、一気に不愉快になる。 「わかった、そちには後ほど厚く報いよう。さがれ。」 「は、それでは、失礼いたします。」 慣れた言葉を告げて下がらせる。大臣も心得たように笑顔を浮かべたまま、慇懃に礼をして引き下がる。謁見の間には、女性と王の2人きりになる。
「そなたは、名前はなんという。」 「私?エザリム。あなたは?」 女性は、その美しい、青い瞳に何の恐れの色も浮かべずに、王を見上げている。王は、そのまっすぐで何のためらいもない視線に、思わず素直に応えてしまう。 「私か。私は、タケルという。この国の王だ。」 「そう。」 女性のそっけない反応に、王を名乗ったことが少し恥ずかしい気分になる。 「親はいないのか?」 「いないわ。」 「では、どのように生活していたのだ?」 「生活?普通に。私、人を捜しているの。」 「人?」 「ハル。」 女性の表情にも、声色にも、先ほどから向けられている視線にも、一切の恐れという感情が見られない。ある種新鮮な気分を感じる。 「ハル…変わった名前だな。」 「知らない?」 「世は、少なくとも知らないな。」 「ここに居るって聞いたのだけど。」 少なくとも自分の周りにはいないな。王宮をひっくり返して捜せば、あるいはそのような名前の者が居たりするのだろうか。王は、ちょっと考える。 「ふむ。では、居るのかもしれん。捜させよう。」 「お願いね。」 「早速だが、部屋を与える。そこで休むが良い。」
女性は「わかったわ。」と頷いた。 こうして、ヤマの国に突如として現れた「美女」は、王宮で暮らし始めた。
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