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作品名:終焉の先 作者:TAK

第10回   01-9 変化(中編)
ヒロオミは、ベッドの上で何度もゴロゴロと寝返りを打っていた。

今日こそ、とうとう言う日だと思ったのだ。
怪我が治ってから、考えていた。自分は今のままでも充分に幸せだ。けれども、きちんと告げよう。一生、一緒に暮らしたい。一緒に居たい。できれば結婚をしたいけれど、もし教会の決まりで神官が結婚できないのなら、結婚はしなくてもいい。だけど、自分はずっと一緒に居たい。なんとなくじゃなくて、傍に居るとちゃんと告げたい。
しかし、それを告げる機会も、そして自分の決心もできないままに、毎日が幸せに過ぎてしまった。いつまでもこのままじゃいけない、気持ちをきちっと固めようと思い、鍛冶屋に通うことにしたのだ。育ててくれた爺さんの背中越しに覚えただけだけど、自分の全ての力を使って、刀を一振り作ろう。納得がいくまで作って、仕上がったら心を決めよう。

今日、とうとう、納得できる刀ができた。
最初はどんな剣を作ってるんだと不思議そうに見ていた鍛冶屋の親方も、ヒロオミが仕上げた刀を見て、その刃に真剣な眼差しを向けた後、「素晴らしい出来だ」と言ってくれた。

自分に自信がついたのをヒロオミは感じた。
今なら言える。きちんと。
それで、意気揚揚と帰宅したのだが、レジェは何故か沈んだ表情を隠さないでいる。何があったのか気になる。伝えたいのは山々なのだけど、今、伝えるべきなのだろうか。レジェの話を聞くべきではないのだろうか。
もう一度、寝返りを打った。
逡巡しながら、レジェを待ちつづける。



レジェは、ヒロオミの部屋の扉の前でじっとしていた。

ノックをして声をかけなくてはいけない。ヒロオミは、待つと決めたらきっといつまでも待っている。しかし、手が重い。5分も手を挙げて、降ろして、繰り返した挙句、やっとノックをすることができた。
「い、いるぞ。」
緊張した声が中から聞こえてくる。重いドアを、ゆっくりと開ける。
ヒロオミは、ノックの音に弾かれるようにベッドの上で跳ね起きて、ゆっくりと扉を開けるレジェをじっと待った。レジェは、夕食の時よりもなお憂鬱な表情で、部屋に入ってくる。
「ごめん、もう遅いのに。」
心なし、ヒロオミは自分の声がうわずるのを感じる。
「いいえ。私の仕度が遅かったんです。」
レジェは、ローブの上にショールを羽織り、部屋に入り、ゆっくりとドアを閉める。静かな音がして、2人きりの空間が出来上がる。そのまま、レジェはドアの前に立ち、ヒロオミは黙ってレジェを見つめる。2人ともほんの少しの物音すら立てずに、しばらくの沈黙が続く。
「あっ、あの。椅子に…。」
「あ、そう、ですね…。」
レジェの様子は、明らかにおかしかった。ベッドの淵に腰掛けながら、静かに椅子を引いて座るレジェを見つめているうちに、ふっと心に考えが浮かび上がる。

もしかして、レジェは自分が何を言おうとしているのか、気がついているのかもしれない。

それはヒロオミに、まるで天啓のように、神託のように、突如浮かび上がった。途端に、心臓が高鳴り始める。もしも気がついていて、断る言葉を捜しているのだとするなら、このレジェの憂鬱は余りにも納得がいった。
「あ、あの…」
「……はい…。」
それは心の中であっという間に膨れ上がって、確信となる。しかし今さら「やめます」とも言えない。
「もしかして。…俺が、何を言おうとしているか、気がついてたり…する?」
「えっ…。」
レジェは、一瞬だけ憂鬱な表情を消して、変わりにびっくりした表情を浮かべて、ヒロオミを見た。ヒロオミは、すがるような目線をレジェに送っている。
「…はい。なんとなく、ですけど…。」
「うあぁ…。」
思わず、声が出てしまう。ずっと今まで隠していたつもりだったのだが、レジェが予想できないと思う方がおかしいのだ。普通に考えたら、ヒロオミがここで相談することなんて、何種類もありえない。
「…それで、憂鬱な表情を…?」
ヒロオミは、首をうなだれたい気分を抑えながら、聞いてみる。
「え、…えぇ…その…そう、ですね…。」
レジェは、戸惑うように答えを返す。すごく、答えにくそうに。
ますます、ヒロオミは意気消沈してしまう。
「じゃぁ、その、先に言うけど…」
「はい…。」
「俺、断られても、大丈夫だから…そんなに、憂鬱にならなくても…いいから…」
「そんなことできるわけないじゃないですか…」
「えっ?」
「あ、いえ。」
思わず、ため息混じりにレジェは小声でぼやいてしまう。幸いと聞こえなかったようで、ヒロオミは聞き返してきた。慌てて、首を横に振る。

再び、沈黙。

「あの…お茶でも、いれましょうか?」
今度はレジェが沈黙を破る。あまりに憂鬱を通り越して、そしてどんどんと元気がなくなっていくヒロオミを見て、レジェは徐々に自分の心の中に諦めの色が拡がっていくのを感じていた。
「あ、いや。い、今、言うから…。」
「…そうですか…。」
やはり、それでも言うつもりらしい。諦めの果てにあるのは、覚悟なのだとレジェは他人事のように思う。
「その…。言うのをやめようとも考えたんだけど…。」
そうしてくれれば、本当に楽なのにな、とレジェは心で思う。決して言えないけれど。
ヒロオミは、うつむいて、頭を掻いている。
「言ってください。なんだか、覚悟ができてきました…。」
「か、覚悟…。」
覚悟なのか。ヒロオミはその絶望的な言葉に、心が折れてしまいそうになる。
「あ、ごめんなさい…続けてください。」
なんて残酷なんだろう。泣きたくなってきた。ヒロオミは内心でつぶやく。
「その…。俺。」
「はい…。」
「…あぁそうじゃなくて…レジェ。」
「はい…。」
「俺と、結婚して欲しいんだ。」
ぽつりと、つぶやく。つぶやいたのは、最早「白状」同然だからだ。
「やはり、そうなのですね…。これからのこと、相談しなくてはいけませんね…。やっぱり、お茶を」
レジェは、憂鬱な表情で腰を上げて、緩慢な動作でお茶を入れるために部屋を出ようとする。そして、ドアノブを掴むと、突然機敏な動きで、振り返った。


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