見渡す限り、兵士たちが長い槍を持って並んでいる。 砂埃が兵士たちの足元を流れ、隠している。 遠くに故郷の山がうっすらと見えるが、もしかしたら山の麓までこの列は続いているのではないか、と錯覚を覚える。実際には、そんなことはあるはずもないのだが。
もうすぐ、太陽が一番高く上がる時間帯。 今、まさに戦争がはじまろうとしていた。
馬の嘶き、こすれあう鉄の音。 何よりも、緊迫した空気。
ヒロオミは、自身が乗った軍馬の手綱を掴んで、遠くへと目を凝らした。かなりの距離があるが、砂埃に紛れて相手方も同じように隊列を組んでいるのが見える。あれが、敵。
生まれてこの方、軍人として数々のタイマンをしてきたことはあるけれど、ここまでの大規模戦争ははじめてだ。ここ数十年、大きな争いもない大陸に久しぶりに勃発した戦争だから、きっとここにいる兵士たちも、敵の兵士たちも、皆初めての経験に違いない。
「隊長。準備が完了しました。」 自分の部隊(とはいっても10人程度の小部隊だが)の兵士が連絡に来る。 「うん、ご苦労。武運を祈る。」 「はっ!」 自分の武器は、腰につけた長く細身の剣、そして馬の鞍に備え付けたランス。 ほどなく、自身の体を生と死が溢れ削りあう大地へと投げ出すことになる。 その大地では、誰もが等しく生命を賭けあうことになる。
低く、野太い突撃ラッパの音が響いた。 軍の中央あたりが、まるでひとつの生物のように動き出す。 吊られるように、軍全体が前へと進みだす。 激しい砂埃が舞い上がる。 「いくぞ!」 自分の隊に声をかけて、馬の腹を蹴る。
前方から、激しい砂埃と共に敵軍が向かってくる。 一番前の隊列が構えた長い槍が、敵軍に突き刺さっていく。もちろん、敵軍も槍を突き刺してくる。長い槍は、折れ、突き刺さり、曲がり、突き上げられながら、その切っ先にいくつもの命をへばりつかせて、まるで剣山のように軍という生物に深く刺さっていく。
大地にうねるように走る、轟くような声。 空気を染め上げるような血しぶき。 耳の奥まで切り裂くように響く金属音。
命のせめぎあい。
騎乗したまま、ヒロオミは剣を巧みに操って何人かを斬った。 砂が舞い上がり過ぎて、視界が悪い。 しかしながら、敵軍の方が僅かに優勢であるように思える。 「ばらけるな!まとまるんだ!」 声を荒げて指示を出すが、ぶつかり方が思わしくなかったようで、自分のいる左翼側は圧され気味である。「くそっ」と口の中だけで呟いて、馬を下り、隊員の援護をしていく。 「ついて来い!纏まって攻撃しなければ死ぬぞ!」 周囲にいる隊員をかき集めて、敵をとにかく切りつけていく。ともかく、自軍のラインを作って人を集めなくては、このまま崩れる一方である。やがて、味方が徐々に周囲に集まってきて、どうにか周囲だけでも持ちこたえられる陣形になってくる。 「同じ敵を切れ!」 味方の動きが徐々によくなっていく。逆に、敵は勢いを無くしつつある。
正直、戦争の勝敗はどちらでもよい。 ともかく、生き残らなくてはならない。 そのためには、敵を斬るしかないのだ。 その執念が強い程、生き残る力が出てくる。 ヒロオミは、今まで幾度となく執念だけで生き残ってきた。
太陽すら、砂埃でその光を弱めた、その瞬間。 既に重くなっていた腕を必死に振り回していたが、一瞬、剣の振りが遅れた。 相手の剣が、肩口にどすっと重く振り下ろされる。 「ぐっ」 「隊長!」 「構うな、後ろだ!」 自分の隊の兵士が声をかけてくれるが、戦場では他人に気を使うことは命に関わる。剣を左手に持ち替えて振り回すが、右手ほどには動かせない。やがて、右肩に再び、鋭い痛みを感じた。 肩口、右目の視界の端に、自分の肩から突き出た槍の切っ先を見る。 しまった、背後に油断があった。 そう思ったのもつかの間、体を無理矢理前に傾けて槍を引き抜き、振り返りざまに相手を斬りつける。しかし、その剣は空中を掠めただけだった。 「隊長!」 最後に聞こえたのは誰かが自分を呼ぶ声だった。 剣を振り回した勢いのまま、ヒロオミは前に倒れこむ。 地面に頬を打ち付け、砂埃の中で視界が霞むのを感じる。
戦争は、さらに激化していく。 ヒロオミは、大地に突っ伏したまま、死を覚悟した。
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