人は二つの種類に大別される
運命を信じる者と 信じない者
それは些細な違いだが それだけで人の意思は左右される
――1章――
人気のない駅のホームで呆然と立ち尽くす男――真島陣。 陣は腕に嵌めた時計に目を落とし、軽く頭を振る。 時刻はすでに深夜11時を回っており、終電も終わった駅には誰も残っていない。 「……なにが、降水確率10%だ……」 陣の呟きは、激しい雨音にかき消される。 空は黒く分厚い雲に覆われ、空と大地を繋ぐ雨の線は、視界を奪い去っていく。 雨音だけが虚しく響き渡る駅のホームで、陣は大きく溜息を吐いた。 「雨は止みそうにないし……行くか」 濡れる覚悟を決めた陣は、そのまま雨のカーテンに突っ込む。 陣の着込んだ服は雨を吸い込み、すぐに酷い不快感と重みを与えてきた。 「くそっ……。せっかくの日曜日が……」 雨に打たれながら、陣は苛立ち気味に言葉を吐き捨てる。 学校が休みだからと少し遠出したのが裏目に出た。 大人しく家の中で過ごしていれば、これほど憂鬱な気分になる事もなかっただろう。 いまさら、そのことを悔やみながら、陣は雨の中をがむしゃらに走る。 駅から五分ほど走ったところで、家路を急ぐ陣の足が――不意に止まる。 立ち止まった陣は、周囲を見渡しながら首を傾げた。 「……なんだ、今の音……。あっちの方か?」 何か、金属と金属がぶつかり合うような、そんな甲高い音だった。 事故でもあったのだろうか? 陣はその場で数秒間迷った後、音がしたであろう方向へと足を向けた。 ――もうこれだけ濡れていれば、これ以上は濡れようがないだろう。 陣が足を向けた方向の先には、小さな公園がある。 普段から人が訪れない場所だが、今は夜で雨ということもあり、公園周辺にも人の気配はまったく存在しなかった。 こんな場所で金属音などするものだろうか? 陣は首を傾げながら、公園の中へと足を踏み入れた。 案の定、公園には雨音が響くだけで、人影は見当たらない。 「……勘違いだったのかな……」 陣が呟き、帰ろうとしたその視界に、蹲る人の影が飛び込んできた。 その影は、公園に生えた木の幹に背を預け、座り込んでいる。 それを目にした陣は、慌ててその人影へと駆け寄った。 距離が近付くにつれ、公園に設置された外灯の明かりも手伝って、座り込んだ人影の姿がはっきりと見えてくる。 それは、奇妙な人影だった。 紅く、燃えるような色をした長髪に、着込んでいるのは同じく紅色のコート。 体のラインからして、女性である事は間違いない。 「だ、大丈夫ですか?」 陣の問いかけに、その女はゆっくりと、俯けていた顔を持ち上げた。 それは、驚くほど美しい顔立ちをした女だった。 見る者の時間を止めるほどに―― 紫紺に染まった切れ長の双眸が、陣の顔を見据える。 陣が女の美しさに目を奪われる中、そっと口の端を持ち上げた。 「運は尽きていないな……」 女の奇妙な呟きに、陣は眉根を寄せる。 「……殺しはしない。だから、安心しろ」 さらに意味不明な言葉を女は呟き、そして―― いきなり陣の首筋に喰らいついてきた。 「え?」 女の唐突な行動に、陣は何も反応できない。 それどころか、わずかな痛みと共に陣の意識は薄れていく。 雨音が徐々に遠くなり、それに変わって激しい耳鳴りが世界を支配した。 手足の感触が完全に失われ、意識は暗闇の底へと沈んでいく。 「――それにしても、人間の世界に迷い込む事になるとはな……」 女の呟きを最後に、陣の記憶は完全に途切れた。
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