我々は、常に裏切ってきた それはより強くなる為であり それは淘汰されない為である
裏切りとは、己を守る唯一無二の術だ
――序章――
窓枠を激しく叩く風は、まるで亡者の呻き声のように耳朶を打つ。 吐いた息が白く染まるほど冷え切った広大な部屋の中で、女は剣を手に佇んでいた。 空を支配する雷鳴は時折、眩い光を纏って地に打ち落とされていく。 その光が、闇に染まった部屋をさらけ出す。 女の足元には、うつ伏せに倒れた男。 その男を冷徹な眼差しで見下ろしながら、女は静かに呟いた。 「貴様如きの為に、我が血族を絶やすわけにはいかんのだ」 女は美しく輝く指輪を引き抜き、男の傍へと投げ捨てた。 そして――男の体から引き抜いた心臓を口の中へと放り込む。 女が心臓を飲み込むと同時に、雷鳴とは別の激しい音が部屋中に響き渡った。 その音に、女はゆっくりと振り返る。 開け放たれた扉の先に立っていたのは、初老の男と……複数の男達。 「へ、陛下。先程の物音は……」 初老の男は女と、その足元に倒れた男を見るなり、双眸を大きく見開いた。 「レイス・ローゼンハイド! き、貴様……生贄の分際で……!」 その叫びに、レイスと呼ばれた女は口の端をそっと持ち上げた。 「我々が、ただ喰われるだけの存在だと思うなよ。新月を待ったのが、運の尽きだったな」 そう呟くなり、レイスは傍にあった窓を突き破り、外へと飛び出す。 初老の男は、レイスが飛び出した窓を指差し、唾を撒き散らしながら叫んだ。 「あの女ヴァンパイアを逃すな! 何としてでも殺せ!」 初老の男が出した指示に、背後に控えていた男達は短く返事を返し、一斉に動き出す――
草木もまともに生えぬ地の果て。 闇に支配されたその場所で、物語は始まる。
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