拓海は死ぬ三日前に私に言った。 「お前は俺が死んだらどんな顔をするんだろうな」 私は、知らねー、の一言で終わらせたが内心ではきっと酷い顔をするだろうと確信していた。何故なら私はこの男のことを心底愛していたからだ。
拓海の葬式が無事終了した。私はあの時酷い顔をすると予想していたが、結果、私の目は潤ってきてすらいない。こんな事態は予想できていなかったから、涙なんて浮かび上がるはずもなく、私はただ経と木魚の音を耳に入れることで精一杯だった。 私はブレザーのポケットの中に入れていた指輪を握り締めた。それは以前拓海が左手の薬指にはめていたものだ。その指輪には内側にはローマ字表記で“THINAMI”と彫られていた。私の名前だ。私も同じ場所に同じ指輪をはめていた。勿論指輪の内側にはローマ字表記で“TAKUMI”と彫られていた。この指輪交換は私と拓海が十分愛し合ってた証として残された。 私は拓海との思い出を幾つか思い出していた。拓海はクールな奴で、話しを聞いているのか聞いたいないのか分からない態度ばかりとった。その内私と拓海の会話の数は減り、互いの悩みや本日の出来事など知ることもなかった。ただ一つ知っているのは、互いに好き合っていると言うことだけだった。そんなこと、勿論私も拓海も口には出さなかった。手を繋いだり、抱き合ったり、キスしたり、態度で示すだけ。それだけでも幸せだと最初は思えた。でもやっぱり言葉が欲しいと思ってしまった私は相当な我儘だろう。 「あんたのせいで拓海は死んだんだからね」 ふと、拓海の幼馴染に言われた言葉が脳裏を過ぎった。その子はどうやら拓海のことが好きだったらしく、私と拓海が付き合うことになったと知った途端、とても悔しそうな顔をした。嫌がらせなんてものはなかったが、目が合う度私を睨んでいた。拓海には態度を変える嫌な女だった。 確かに、拓海が死んだ原因は私にあった。拓海の死因はトラックとの衝突事故。いや、事故ではない。私が殺したに等しかった。本当なら、私がトラックに轢かれるはずだった。それを拓海がドラマのワンシーンのように自分の身を犠牲にして私を守ったのだ。それでもやはりドラマのように助かるはずもなかった。跡に残ったのは既に動かない拓海の死体と赤く染まった指輪だけだった。 葬式の帰り道。私は川沿いを真っ直ぐ歩いていた。暫く歩いていくと、見慣れた後姿を見た。 「ないな。どこだー」 聞き慣れた声。間違いない。拓海だ。 「おい…!」 私は夢中で拓海の所まで走った。拓海の制服の袖を引っ張った。 「本当に、拓海なんだな?」 「ちなみ」 目が合った瞬間、私は名前を呼ばれた。つい最近聞いたはずの声は、とても懐かしく思えた。しかし、込み上げてくるのは怒りだった。 「お前、なんなんだよ」 私は半透明の拓海を見て、生きていたわけではないと理解した。 「なんで私なんか、助けたりするんだ。代わりにお前、死んじゃったじゃんか」 すると拓海は私を抱きしめた。もう死んだはずなのに確かに暖かかった。 「好きだ。ちなみ」 初めて聞いた拓海からの「好き」は体温と同じで暖かい。段々と頬が桃色になっていくのが分かる。拓海の頬も既に桃色に染まっていたから。 てっきり、後悔しているのかと思った。ああ、コイツなんて助けなければ良かったって思っているのかと思った。私はブレザーのポケットから金と赤の混じった指輪を差し出した。 「お前が探しているのはこれだろ?」 拓海は私の手に優しく触れて、指輪を受け取った。拓海はその指輪を左手の薬指に戻した。そして、私の手を握り締めて顔を近づけた。私は思わず目を瞑った。次の瞬間互いの唇が触れ合った。感触はなかったが、確かに触れた。唇が離れたあと、私は拓海の首に腕をまわした。拓海も私の背中に腕をまわした。恥ずかし過ぎて私達は密着させてた体をすぐ離した。 「バカヤロー」 私は呟いた。 「ごめん」 拓海は微笑んで言った。拓海の笑顔を見た瞬間、色々と想いが巡り、自然と言葉が紡ぎだされた。 「もっと話したかったな」 「うん」 「もっと手繋ぎたかったな」 「うん」 「もっと、」 あの日の拓海の言葉を思い出した。
「お前は俺が死んだらどんな顔をするんだろうな」
気付けば涙が私の頬を伝った。 「もっと一緒にいたかった」 喉の奥から出た言葉は私の一番の本音だった。涙はとめどなく溢れ、私はその場に崩れた。すると拓海はしゃがみ、私の頭を撫でた。そして泣きそうな声で確かに呟いた。 「俺が一番見たくなかった顔だ」 顔をあげると既に拓海は消えていた。この世から拓海が消えた瞬間だった。しかし、私の中で拓海が永遠になった瞬間でもあった。 私は拓海が好きだった。拓海も私が好きだと確かに言った。私達は不器用な恋愛をしていた。この恋に終わりが来ることはなかった。
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