青と青との境目に、ユリはいた。
迷いなく立ち上がる雲をその胸に抱いた鷹揚な空と、気ままに揺れる笑い上戸な海との触れ合うその一点に、彼女はくっきりと存在していた。
今日も無遠慮な白色の陽光が、ユリのよく焼けた肌を刺した。背中をその指でやわらかく支える波は、時折気紛れを起して彼女を放り出した。海の冗談にくすりと笑いはしても、決して沈みはしなかった。
ユリは海のものだった。
「そうやってサトルが浜辺で寝るの、わからない」
「どうして?」
ユリは口を尖らせてうつむいた。
「浜辺で横になるくらいなら、海の上で眠ればいいのに」
そう言って少女のようにふて腐れる恋人の頭をサトルはくしゃりと撫でて、微笑んだ。頬に幾筋もの皺が浮かび上がった。
「誰でもユリのように、海からやってきたってわけじゃないんだ」
僕は筋量が多いからさ、そういうのって沈みやすいんだよね。と、おどけた口調で付け加えると、サトルは腹一面の砂をゆっくりと払った。
「ユリは、好きなだけ泳いでくるといい。僕はここで待っているから」
ユリがサトルの瞳に見つけたものは、雪山の清水が大洋に流れ込み、また雲となるような。あるいは、春に萌え、夏の焼付く日差しの下に育ち、秋冬を経て、また雪解けの春にゆっくりと芽を出すような。
いや、それはもはやサトルではなく、ユリの両親の面影。ユリの記憶には欠片も残っていない、両親の影。その父の両親にも、また母の両親にも、同じように受け継がれてきたはずの、終わりない流れ。どこかで誰かが止めることなど一度も無かった、その確かであたたかな流れ。
ユリは、不意に凍えて身震いをした。そうして海に飛び込んだ。
なんて退屈なんだろう。そんなに穏やかで優しくて、生ぬるくて重苦しいものを、あたしが繋いでいくなんて、まっぴらだ。サトルにはお似合いかもしれないけれど、あたしには無理だ。あたしはただ、こうしていればいい。あたしはあたし。海以外の、誰かのものになるなんて、まっぴら。ユリは波間でそう呟いた。
日は落ち、そしてまた昇った。ユリはそのまま海で眠り、また目覚めた。
浜辺でも、日は落ち、そしてまた昇った。サトルは浜辺で眠り、また目覚めた。
ユリはそうして年老いた。
サトルもそうして年老いた。
ある朝、すっかり白髪に白髭となったサトルが、水母となったユリを、両手でそっと救い上げた。
「……おかえり」
サトルが微笑むと、やはり頬に幾筋もの皺が浮かび上がった。水母はゆっくりとその真珠色の光を増した。
そうして、ユリは、こときれた。
Fin
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