Episode:8 懺悔
家庭内暴力――最近ではDV(ドメスティック・バイオレンス)とも言われ、社会問題の一つにあげられているが、当時はまだまだ認知される事なく、被害者はただ泣き寝入りするしかなかった。
「私達はとても若くして結婚したの」 と、美紗子は話し始めた。 あれから、救急車に運ばれた美紗子に付き添って美幸は病院に来ていた。 事後処理の為残ってくれたジュンも、父と共に病院に駆けつけてくれた直後、母はゆっくりと昔のことを語りだしたのだ。 美紗子は病室のベッドに横になっていた体を、ゆっくりと起こし語りだす。 「結婚してすぐは、あの人も優しかった。でも、幸彦が小学校に上がった頃に行き成り仕事を辞めたの。営業のノルマ達成が難しくなっていて、上司から酷いイジメにあっていたんだと当時の同僚に聞いた。だから、ゆっくり休んでほしいって思いで…私が働きだした……それがキッカケであの人は少しずつおかしくなっていって、最初は嫉妬、次は束縛、そして暴力、5年以上そんな生活が続いて、そんな中…美幸が産まれたの。あの人も変わってくれると思ったのに状況は酷くなるばかりで……ある時、見かねた知人がボランティアでやっている相談所を紹介してくれて―――あの日とうとう逃げ出してしまった……」 美幸は幸彦の日記を思い出していた。 「お兄ちゃんと私を置いて……?」 「美幸!母さんだって…」という父の言葉を母が制した。 「いいの!美幸の言う通り、私は最低な母親なの。すぐ子供達を置いてきた事に気づいたの………なのに、あの人がいると思うと戻れなかった。我が子より自分の身を案じたのよ……ごめんなさい―――美幸」 美紗子は美幸の言葉に震える声で涙ながらに頭を下げた。 「――――――」 美幸は言葉が出なかった。何か一言でも発してしまうと、母を攻め立ててしまいそうだった。母だけが悪いわけではない。むしろ母は被害者なのだ。頭で理解はしていても、もしも母が兄も一緒に引き取っていれば、誰も死ななくてすんだかもしれない。悲劇は起こらなかったかもしれない、という思いが頭から消えないのだ。 無言のままの娘を前に美紗子は続ける。 「隙を見て、美幸だけは連れ出す事が出来た―――でも、そのせいで幸彦に対するあの人の監視が厳しくなって…、幸彦だけはどうしても助けられなかった。そのうち離婚届が送られてきて、幸彦の親権はあの人になってしまって……どうする事も出来なかった」 「まだ3歳だった美幸は母親が必要だという事で、母さんに親権が渡ったらしい。だが、女の収入で子供二人は育てられないと家裁は判断して、幸彦君だけは引き取る事が出来なかったと。幸彦も大事な我が子であきらめきれないんだと、母さんは毎日のように悩んでいたよ」 母の肩を抱き寄せながら、当時の母の様子を語る父に美幸は投げやりな言葉で返した。 「やっぱり……父さんは、全部知っていたんだね―――」 娘の言葉にゆっくり頷く。 「母さんとは、職場で知り合ったんだ。相談所の母さんの担当が父さんの母親――つまり、美幸のおばあちゃんで、おばあちゃんから母さんの仕事先を見つけてくれと頼まれてね……父さんの会社を紹介したんだ。だから父さんは出会う前から母さんの事はだいたい聞いて知っていた。母さんは一生懸命だったよ。美幸の為に、そして、いつか幸彦君を迎えに行けるように、我武者羅に働いていたよ。その姿を見ていると父さんにも母さんの手伝いが出来ないかと思い始めてね…」 「父さんと出会って穏やかな日が流れ始めた頃、美幸が原因不明の高熱に何日も侵されて、やっと熱が下がったと思ったら全てを忘れてしまっていた。母さんの事も幸彦の事もあの人の事も。小さな美幸には抱えきれなかったのかもしれない……それでも、私と父さんには懐いてくれていたから、一からやり直せると思って……美幸もこの人のこと本当の父親と思っていたし、だから再婚を決意したの。これで幸彦も取り戻せるって思った時、あの人が事故で死んだって連絡が入って……幸彦が関わっているらしいって警察から聞いて、すぐ向かえに行ったのに幸彦はいなかった。少しして、幸彦が自殺したと連絡が入って、警察からは、崖から飛び降りたらしいと、遺体はあがらないだろうと。残っていたのは、幸彦の遺書だけ。泣いて、悔やんで、忘れられなかった。けど―――、あの子は生きていた……とんでもない事をしたというのに…私、嬉しかったのよ?やっぱり、駄目な母親ね」 笑顔を見せた美紗子だったが、 「なのに―――あの子はまた一人で逝ってしまった…」 そう言って、泣き崩れた。 お母さんは、ずっと悩んで苦しんできたんだ。と美幸は思った。 そして、これからもそれは変わらないだろう、とも。それが罪の代償なのだ。 お兄ちゃんは、全てを忘れてしまった私を想って姿を消したと言っていた。 私がお兄ちゃんの事を忘れたりしなれば、 お兄ちゃんは、いつも夢で私に伝えようとしていたのに。 私が恋なんてしなければ、 弘人と徹也は死なずにすんだのに。 私もまた罪を抱えている。 では、私の罰は――――――。
その後、不思議な事に兄の遺体は見つからなかったらしい。 事故処理をしてくれていたジュンが、レスキュー隊に人がいる事を伝えたらしいが、屋内に人の姿はなく、焼け跡からも、遺体は出てこなかったと言うのだ。結局、兄が燃えていたというのは、私達の勘違いという事となり、火事は放火犯の仕業という事で落ち着いた。 真実は、私達親子とジュンの胸にだけしまわれる事となった。 被害者の家族には、兄の罪を、兄の代わりに、父と母が一生かけて償っていくようだ。だが、真実を告げる事は一生ないだろう。 ジュンは海外の両親と共に新年を迎える事となり、心配そうな顔で私をみながら空港を発っていった。
私は――――――私の、罪を償わなければならない。 兄がいなくなれば、私の悪夢も消える………と思っていた。 でも、間違っていた。 兄はこの世の身体(おもに)が無くなったのだ。 お兄ちゃんの言葉――――「夢のナカ……ミユキ…いつも一緒……」 「夢で―――」、 私はお兄ちゃんと……そして二人の為に行かなければならない。 だから、ごめんなさい。 お父さん、お母さん、私は行くね。 それが、私の償いだから。
年が明け、美幸の自宅に向かったジュンを待っていたのは、この一枚の手紙だった。 「―――美幸ちゃんは……」 美紗子は静かに首を振る。 「不思議なのだけど―――、こうなる様な予感があったの……」 寂しげな瞳には、もう涙は無い。 泣いて、泣いて、泣き果てた―――そんな様子だった。 「あの子達は、昔から不思議に繋がりあっている所があって、何処にいてもお互いの事を感じていられたり、言葉が無くても会話が出来たり……だから、もしかしたら…って」 「ちがう―――」 ジュンは美紗子に真っ青な顔で否定した。 「美幸ちゃんを連れて行ったのは……、お兄さん一人じゃない」 「―――?ジュン君」 「俺……、あの時、突き落とされた時、見たんだ。人影は一人じゃなかった。見間違いかもしれないし、美幸ちゃんを怖がらせてもいけないと思って黙っていたけど……、人影は3人……お兄さんと2人の若い男の姿だった。あれは―――、弘人と徹也なんじゃ…」 震えながら告げるジュンの言葉に美紗子は反論するでもなく頷いた。 「―――ええ、……そうね。きっと、そうだわ。だから美幸は行ったのね」 諦めた様子で呆けている美紗子。 ジュンは居たたまれない気持ちでその場を後にした。 空を見上げ、悔しそうに両拳を握り締める。 守りたいと思ったのに、守る事が出来なかった女の子。 一人、罪を背負って行ってしまった。 見上げる眼の端から涙がこぼれた。
Epilogue
美幸は白い霧の中を歩く。 優しい顔の兄の元へ――――――。 眩しい笑顔の恋人たちの元へ――――――。 先の見えない道は、歩きづらいけれど、もう怖くはない。 大事な人が待っているのだから。
(ミユキ) (ミユキ) (ミユキ)
(ずっと一緒……) (もう……離れナイ……) (アイシテルヨ……)
――――――ボクたちのミユキ……
Fin
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