Episode:6 再会
「美幸ちゃん!久しぶりの我が家はどうだった?」 窓辺で思い悩んでいる美幸にいつもの明るい声が掛けられる。 「――――――別に普通だよ」 外方(そっぽ)を向きながらも、声を返すようになった美幸が可愛く思えて、ジュンは整った顔をくしゃくしゃにして笑う。 そのジュンの様子に、美幸は眉を顰めて睨みつける。 と、ジュンの顔に見慣れないキズがあることに気がついた。 「――――――ケガ……したの?」 「ん?ああ、これ?そうなんだよ!」 ジュンは握り拳を作って話しはじめた。 「酷いんだぜ、弓道部!俺がさぁ、弓道場の裏にある森で昼寝してたらさぁ、いきなり矢が飛んできてこの有様。だからさ、危ないじゃんって抗議したら、その時間は誰もいなかったなんて誤魔化しやがって責任逃れすんだぜ!俺の大事な顔に傷つけるなんて許せねぇ」 ジュンの話に美幸はボソリと呟く。 「……弓道場の裏って、立ち入り禁止だし」 「え?そうなの?」 美幸の言葉に、ジュンが八の字眉毛で答えた。 ジュンの綺麗な顔とはアンバランスなその眉に、美幸はたまらず吹きだす。 「――――――ぶっ」 「あっ!初めて笑ってくれた!」 ジュンは子供のような笑顔を美幸に向ける。 「笑ってない」 美幸は慌てて冷静を装ったが、ジュンはニコニコしながら美幸を眺めている。 隣で嬉しそうな笑顔を見せているジュンに「―――その笑顔ムカつく」と、また外方(そっぽ)を向く美幸。 「えぇ?なんでぇ〜?」 美幸はジュンの子犬のような瞳に、上がる口元を必死に抑えていた。
しかし、ジュンに起こる災難は一日では終わらなかった。 次の日もその次の日もジュンは何かしら傷をつけて学校に現れた。 それは、決してひどいものではなくカスリ傷程度の軽傷であったが、度重なる偶然はすでに必然に代わりつつあった。
「ジュン〜〜お前、ぜってぇ誰かに狙われてるって!」 「……ん〜…身におぼえないし…」 「冬休みは寮に残こんだろ?やばいって!明日からお前一人だぜ」 最近、怪我が絶えないジュンに男子達が茶化し、ジュンも理由(わけ)が分からないと、首をかしげて悩んでいる。 そんな中、美幸だけは深刻な顔だった。 軽傷だとはいえ、確実にジュンが狙われている。 また同じような事が起こるのではと、言いようのない不安が美幸を震え上がらせた。 ジュンは、心配気な美幸の顔に気づくと、少し大げさに振舞いながら明るく声を掛けてきた。 「まぁ俺、運動神経いいから大丈夫だって!」 力瘤を作って笑うジュン。 ジュンといると、不安や恐怖が薄れていく。 暗闇に囚われていた心に咲いた灯火の花、それがジュンだった。 芽が出て膨らんでいく花のように、ジュンへの想いが少しずつ大きくなっていく。 この気持ちが何なのか美幸には苦しいほど、よく分かっていた。 二度と恋なんてしないと思っていた。《彼》がそれを許すはずないのだ。 あの日記を見つけた頃から、美幸は《彼》の気配が、なんとなく感じられる様な気がしていた。 遠いのか、近いのか、それは分からない。けれど《彼》は間違いなく存在する。 そして《彼》は―――兄、幸彦ではないかと思い始めていた。 確証はない。でも、そう思えてならなかった。 《彼》と自分の間には、特別な繫がりがあるように思える。 夢と現実の区別が付かなくなるような、曖昧な感覚が美幸に纏わり付いて離れない。 夢であるはずなのに、現実として起こる出来事。 《彼》が恐ろしい。でも、何より自分自身が一番恐ろしい。 二人も大切な人を死なせたのに、また同じ過ちを繰り返そうとしている自分は最低の人間だ。 でも、もう二度と大切な人を死なせたくない。 《彼》が誰であったとしても――――――絶対にやらせはしない。 美幸はジュンの顔をジッと見つめる。 何も考えていなさそうな、ジュンの間抜けな顔に再び目をそらして、大きなため息をついた。 「なんだよぉ、人の顔みて大きなため息つくなよ」 「――――――そんな楽観的でいいの?本当に狙われてたらどうするの?(私のせいだけど)今に大怪我するよ」 「ないない、ただの偶然だって」 軽口を叩くジュンに美幸の声も大きくなる。 「偶然じゃなかったら、どうするのよ!」 「――――――?美幸ちゃん、何か知ってるの?」 最近の美幸の様子は何か変だと感じていたが、深刻な美幸の顔が何か隠しているようにジュンの目には映った。 ジュンの疑問に美幸は黙りこんでしまった。 「あ、ごめん!変な事言った!何言ってんだろ…俺」 ばつが悪そうに頭を掻きながらジュンはその場を離れようとしたが、美幸はジュンの腕を掴んで重い口を開いた。 「まって……話が…あるの。ううん、話しておかないといけないことなの」 「話しておかないといけないこと?」 美幸はコクンと頷き、ジュンを屋上へと誘った。 人気がないのを確認すると、事の起こりから少しずつ、ゆっくりと話し始めた。 弘人の事、徹也の事、悪夢の事、《彼》の事、兄の存在、《彼》が兄かもしれない事、全てを話していく。 ジュンは真剣な眼差しで美幸の話しを聞いていた。 そして、始業の鐘がなっても、二人は無言のまま屋上にたたずんでいた。 「美幸ちゃんの話を信じないワケじゃないけど……」 「ん……」 ぼそっと呟いたジュンの言葉に美幸も静かに頷く。 「お兄さんの事は覚えてないの?」 「――――――うん……でも、夢をみた」 「悪夢?」 「じゃなくて……昔の記憶って言うか、夢を見て思い出したっていうか…」 「そっか」と呟くとジュンは小さく溜息をついた。 「お兄さん…近くにいるのかな?」 「――――――わかんない…でも、私……」 美幸は小さく震えている。 「――――――美幸ちゃん…」 ジュンは美幸の肩に手をやり「大丈夫、大丈夫」と、自分の方に優しく抱き寄せた。 美幸が怯えなくていいように、安心して笑顔でいられるように願いながら。 美幸の話は、とても信じられるものではなかったが、 震えている彼女の肩を抱きしめながらジュンは「美幸を守る」と心に決めた。
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深夜、誰もいないはずのその場所に少年はいた。 少年には、自分が何処にいるかなど知る由もない。 寝ぼけ眼の中、あまりの寒さに何か掛けるものは無いかと手探りで探しながら寝返りを打った。 「――――――ん〜?…」 と、寝心地の悪さに瞼を開いた瞬間、それは起こった。 「わっ!」 自分の体がそこから離され重力と共に落ちていく。 それはまるでスローモーションのようにゆっくりと過ぎていく瞬間であった。 少年は反射的に手を伸ばし、そこにしがみ付いた。 少年には、まだ自分の身に何が起こっているのか理解できない。 「あっ?えっ?え〜っっ?っんだよこれ!!」 片手でぶら下がっているその場所は崖の先端。 なんとか、でっぱっていた岩にしがみ付いている状態だ。 そのまま落ちていれば即死していたであろう。 ジュンは整理のつかない頭のまま取り敢えずこの状態から脱回しようと足場を確信しながら上り始めた。 と、その時、カサッという足音が聞こえた。 上に誰かいると感じた少年は大声で叫んだ。 「誰か〜!!だぁれぇかぁ〜!!た〜す〜け〜て〜くれ〜〜!!」 それが誰なのかは別として、美幸のいうとおり兄の幸彦がそこにいるのならば自分は間違いなく殺されると察したのである。 その叫び声に足音は走り去っていき、15分後その声を聞きつけた寮の管理人がそこに駆けつけてきた。 運良くジュンの馬鹿でかい声は、冬休みで誰もいないはずの男子寮にたまたま残っていた管理人の耳に届いたのである。
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次の日、ジュンは朝一番に美幸を学園の外に呼び出した。 「どうしたの?」 美幸はジュンの大きめの歩幅に合わせて急ぎ足になりながら尋ねる。 ジュンは珍しく暗い顔をして答えた。 「昨日、殺されかけた」 「?!」 「いや…、たぶんだけど…」 ジュンは美幸の驚いた表情に、慌てて言い直す。 「――――――また、何かあったんだね」 美幸の足が止まりジュンも立ち止まる。 「昨夜、崖から落とされて……あ、もちろん間一髪で助かったんだけど、足音を聞いたんだ。たぶん、そいつに落とされたんだと思う。で、助けを呼んだんだけど、その時逃げてく人影を見た。暗くてよく見えなかったけど男だった」 「……男……顔、顔は見た?」 ジュンは小さく首を横に振る。 「見えたのは後姿だけなんだ―――たぶん背格好では若いと思う」 「それ誰かに言った?」 「いや、自分で足滑らせたって事にした」 「――――――そう」 ジュンは、俯いてしまった美幸の肩を軽く叩く。 「――――――ねぇ」 「ん?」 「悪いけど、今からでもご両親のいる外国に行ってくれない?それが無理だったら親戚の家でもいい……とにかく、今すぐここから離れて……」 「美幸ちゃん!それは出来ないよ!」 美幸の言葉にジュンは首を振り反対するが美幸は譲らない。 「お願い……今すぐ、逃げて……」 「…………で、出来ない」 「これ以上、私に辛い想いをさせないで……お願い……」 「………………う……」 「……お願い……」 「――――――――――――はぁぁ〜」 ジュンは根負けした様子で、ため息を一つ吐いた。 「ぁ〜った!俺の負け!今回は両親の所に行くよ…」 美幸はジュンの言葉に胸を撫で下ろす。 「あ、それから………他の人達には内緒で行って…」 「それじゃあ大騒ぎになるっしょ?」 「その時は私が責任持つから!」 「――――――分かった。でも一つ約束!絶対、無茶なことはしないでね!」 「ん、約束する……」 ジュンは美幸の返事を確認すると約束通り誰にも見つからないように学園を出て行った。 ジュンが学園から出て行くのを確認して、美幸はジュンの部屋に向かった。 誰もいない寮。 美幸はある人物を待っていた。 なぜ、今夜そこに《彼》が現れると思ったのか分からない。 説明は出来なくとも、美幸には今夜《彼》に会えるという確信があった。 もう、逃げない。 美幸は、心の中で繰り返し呟いていた。 兄の存在を知って、美幸の中で何かが少しずつ変わり始めていた。 始めは困惑した―――でも、ジュンから《彼》を見たと聞いたとき……会わなければならないと思った。 怯えるだけでは駄目なのだと、私が止めなくては、と自分に言い聞かせる。 全てを受け入れる覚悟がようやく出来た。 夢じゃない現実の《彼》に会うために美幸はジュンの部屋に入る。 それが自分の宿命なのだから。
誰もいないはずの寮にカツカツと足音が響く。 それは少女が待つその部屋の前で止まった。 少女は動揺する様子なく、その扉が開かれるのを静かに待っている。 カチャッと音を立てて、扉はゆっくりと開かれていく。 そこには体格のいい男が一人。 夢の《彼》だった。 男は、部屋の真ん中に座っている少女に気がついた。 「…ミ…ユ…キ…」 「――――――」 少女はゆっくりと立ち上がり、男の元へ歩み寄る。 「――――――兄さん?」 男は後ずさりながら美幸との距離を置く。 「ナ…ゼ…?」 「あなたは――――――私の兄なの……?」 男は逃げようドアノブに手を掛けたが、「まって」という美幸の言葉に、動きを止めた。 美幸は再度訊ねる。 「私の兄さんなのね――――――?」 男は小さく頷いた。 「兄さんは?――――――なんでここにいるの?」 「そ…れは、キミを守る為…ミユキはボクのモノ…だか…ら」 この人だ、この人で間違いない、と美幸は確信できた言葉だった。 夢の中で唱えられていた呪文―――。 美幸は心を決めて、口を開く。 「――――――もう、大丈夫」 美幸はそのまま男の体に抱きついた。 「私は、ここにいる……、ずっと一緒に……、兄さんの傍に…」 「――――――ミユキ」 男もそのまま美幸の小さな背中に腕を回し抱きしめた。 「もう……大丈夫。ミユキはボクが守ル……ずっと一緒……」 (………ぶ…………から…………ずっと…) 美幸の記憶にも同じ言葉が蘇ってくる。 「前も……同じ事言われた………」 男は優しく微笑む。 「一緒…いれば………思い出ス」 「――――――そうだね。昔の優しい記憶……」 「ミユキ―――ボクと一緒に……いこう…」 男は美幸の体を持ち上げると壊れ物を扱うように優しく抱きかかえ歩き始めた。 「――――――どこへ?」 「思い出ノ家……ボクとミユキが一緒…イタ頃の…」 そういって男は美幸を抱きかかえたまま暗闇の中へ姿を消した。
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