Episode:4 悪夢
毎日のように見る悪夢。 毎日感じる恐怖。 なぜ《彼》が在るのか分からない。 でも確実に《彼》は現れる。 私は笑ってはいけない。 幸せではいけない。 もう…誰も失いたくないから…。 私は――――――《彼》から逃げられない…。
美幸は深い霧の中に腰を下ろしていた。 《彼》がもうすぐやって来る。 私に逢いやって来る。 《彼》は以前のように優しく私に微笑む。 《彼》は繰り返し呪文を唱える。 キミをアイシテイル キミをハナサナイ キミはボクノモノ 私は――――――《彼》から逃げられな……い…。
美幸はいつもと同じように海を眺めていた。 全寮制の高校に通う美幸達生徒にとって、プライベートの時間は決して多いものではない。 それは校則が厳しいからというだけでなく、寮は二人一組の部屋になっている為、自分一人だけの時間というものが取りにくくなってしまうのである。 よって生徒たちは自分のお気に入りの場所を見つけては各々少ないフリータイムを楽しむのである。 美幸のお気に入りの場所はやはり海辺であった。しかし、それは秘密の岩場。 生徒達には知られていない場所で、普段人通りも少なく美幸にとっては大切な癒しの空間であった。 今日もここにいるのは美幸だけ。 美幸は海を眺めながら、あの日弘人に教えてもらったおまじないを思い出し、瞳を閉じる。 聞こえてくるのは波の音。 あの時とは違い冷たい風が美幸の身体に吹き付ける。 美幸は何故だか涙が溢れそうになり、そのまま顔を上げ涙がこぼれないように強く瞳に力を入れる。 美幸の瞳に飛び込んできたのは夜空一面の星々――――――。 数え切れない星達が、我こそはと輝き競っているようだ。 真っ暗闇のなかに光輝く月は海へ反射し、いつもより更に明るく感じた。 暖かいものが頬を伝う。 こらえていた涙が瞳一杯に溢れ出ていた。 自分は何者なのか、 何故、夢を見るのか、 何故、弘人と徹夜は死ななくてはならなかったか、 答えが出ない問いと、言いようのない恐怖に怯えながら少女は自分を呪う。 いっその事、自分を殺してくれたらいいのにと。
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寮の終身時間が過ぎ、各々部屋へ戻り眠りに就こうとしていた。 ルームメイトの寝息を聞きながら、ジュンはなかなか寝付けないでいた。 不眠の原因はクラスメイトの鎌森美幸。 昼間に美幸が見せた顔が気になって仕方ない。 ジュンはそっと起き上がると、コートとマフラーを手に窓から外へ抜け出した。 外は静まり返り、ジュンの足音が微かに響く。 寮の裏側は崖となっていて、そこからは海が見渡せジュンにとってのお気に入りの場所の一つであった。 ジュンは月が一番綺麗に見える場所に腰を下ろした。 月は海に反射しジュンの顔を照らす。 あまりの美しさに暫く見惚れていたが、下の岩場に小さな人影があるのに気づいた。 吸い寄せられるように岩場の方へ近付いていくと、そこには少女が一人座り込んでいた。 「――――あれ?美幸ちゃん?」 ジュンは美幸の傍に近寄る。 「ああ、やっぱり美幸ちゃんだ。どうしたの?眠れない?」 美幸の顔を覗き込むジュン。 何時間そこにいたのであろうか、美幸の顔に血の気はなく、紫色に変色した唇はガタガタと震えている。 「美幸ちゃん!!いつからここにいたの?」 ジュンが美幸の肩に触れると、すっかり冷え上がっている。 「こんなに冷たく…、――――早く寮に戻ろう?」 ジュンは美幸の腕を引くが美幸は動こうとはしない。 「美幸ちゃん?」 美幸は、放心状態で海を見つめている。 ジュンは美幸の頬に涙の痕が残っているのに気づいた。 こんな所で一人泣いていた少女。 何が彼女を苦しめるのか、何に怯えるのか、ジュンには皆目見当も付かないが、目の前の少女がとても痛ましく嗜虐的に見えた。 ここまで追い詰められているのは何故なのか――――、 それ以上に、知らないほうがいいと、頭の隅でもう一人の自分が囁いているのに、 彼女を救ってあげたいと思う気持ちが、それをはるかに上回っているのは何故なのか――――。 「――――――なんで私なの?」という美幸の言葉をジュンは思い出していた。 なんで――――?美幸がこんなにも気になるは何故なんだろう………クラスメイトだから?一人で可愛そうだから? ―――そうじゃない。それは、ただのキッカケにすぎないんだ。彼女が好きだから……好きなんだ。 ――――美幸が好きだ。 「こんな時に自分の気持ちに気づくなんてな」と、ジュンは自嘲の笑いをもらした。 呆然と海を見続ける美幸に優しく声を掛ける。 「取りあえず、暖かくしないと凍え死んじゃうよ?」 自分のマフラーを美幸の首に巻きつけ、美幸の手を取ると息を吹きかけ暖め始めた。 「――――――」 無反応だった美幸がジュンの方を見つめて震えている唇を開いた。 「――――――ぁ……ったかぁい」 ジュンはその手を美幸の顔へ当てた。 「美幸ちゃんは冷たい」 そして、いつもの満面の笑顔。 「――――――前にもこんな事があった気がする……ずっと前に………」 そう言い残して美幸はジュンの胸に倒れこんだ。 「美幸ちゃん!美幸ちゃん!」
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「ん…」 「美幸ちゃん?気がついた?」 目覚めた美幸の目に映ったのは、ジュンの顔であった。 「!」 「しぃぃ〜〜静かに」 叫びそうになった美幸の口をジュンが慌ててふさぐ。 美幸は辺りを見渡し、そこが自分の部屋でない事に気づいた。 「――――――私…」 ジュンは寝ている美幸の耳元で優しく話しかける。 「ここは俺の部屋。美幸ちゃんの部屋分からなかったし、あまり騒がない方が良いいと思ったし、ごめんね勝手に連れてきちゃって……」 「――――――ここまで運んでくれたの?」 「あっ!怒らないで!仕方なかったんだ、あのままほっとく訳にはいかなくて」 ジュンは美幸の問いに慌てて弁解する。 「――――――――――――ありがとう」 「ごめ――――――え?」 思いもよらない言葉が美幸の口から出てきたことに、大げさに驚くジュンを無視して美幸は「部屋に戻る…」とベッドから体を起こした。 「あ、うん。女子寮まで送るよ」 窓辺に足を掛ける美幸の後をジュンは慌てて追う。 男子寮から女子寮までは中庭を挟んで隣接している。 中庭とはいっても、歩いて5分はかかる大きな公園のようなものだ。特に柵などで仕切られているわけではないので生徒達は指定時間内であればいつでもお互いの敷地内(部屋などへは立ち入り禁止)に出入りできる。昼間は学校内の生徒達で賑わう場所だが、今は午前2時。 森には二人以外の気配は無く辺りは静まりかえっている。 いつもはおしゃべりなジュンも、今は口を開く事無く黙って美幸の前を歩いている。 美幸は、時折ジュンの背中に目をやりながら少し後ろを歩く。 女子寮の敷地に入るとジュンが立ち止まった。 「これ以上はバレたらヤバイから……」 「…ん、ありがと…」 美幸は目を合わさず、軽く頭を下げ女子寮の方へ歩く。 10歩ほど進んだ所で後ろを振り返る美幸。 案の定、そこにはまだ自分を見送るジュンの姿があった。 「おやすみ〜」 笑顔で手を振っているジュンに美幸は何も言わず顔を背けるが、考え直して、もう一度振り向きジュンに答える。 「――――――おやすみ………また明日」 そして女子寮の方へ走り去っていった。
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