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作品名:彼女のキモチ、彼のオモイ。 作者:てん、

第8回   ―岡野良SIDE― (2)言葉
あれから図書室に彼は来ない。

予感はあった。
もうここには来ないかもしれないって・・・・

でも・・・・・・・・・私は・・・・・・・・・

□□□□□□□□

8月に入り季節も夏真只中。
かんかん照りの太陽を横目に今日も学院の中央図書室で彼を待つ私。
彼が図書館に来なくなって一週間が経っていた。

何度か彼の稽古場へ足を運んでみたけれど、あと一歩が踏み出せず尻込みしてしまう。
一度、渡り廊下で見かけた彼は別人のようで・・・・・
見ているのが辛いほど・・・・・・・追い詰められていた

試合が近いと言っていたのに・・・・・・・・
頑張るからって・・・・・・みんなに認めてもらえるように頑張るからって言ってた。
彼は特待の生徒だから、きっと大きな期待を抱えているに違いない。
私が彼に出来ること・・・・・・・・・せめて一言・・・・・・・・・・・・「頑張って」って、
「私は大丈夫だから・・・・・気にしないで」って伝えてあげたい・・・・・のに・・・・・・・
臆病な私はどうしても彼に会う勇気がない。


たった一言「頑張って」という言葉。
相手に伝えたいのにうまく伝えられない言葉。
彼もこんな想いを抱えていたのだろうか・・・・・・・?
あの時、子供の頃の彼の―言葉―を聞いてあげればよかった。
心に傷が残ったのは私だけではなかったのかもしれない。
彼もまた私とは違う傷を負っていたのではないだろうか・・・・・・・?
・・・・・・・・人を傷つけたことへの後悔の傷・・・・・・・

私達はこのままではいけない。
―前に進まなくては―

□□□□□□□□

夕暮れ時に差し掛かり、辺りは橙色(だいだいいろ)に染まっていた。

高等部体育館の渡り廊下を抜けると高等部生徒専用の体育施設がある。
三階建ての立派な施設の一階部分に剣道場は備わっていて、彼はそこで稽古をしている。
夏休み中ということで、他の部活生も夕方には姿を消すこの施設で、彼はいつも一人遅くまで稽古に励んでいた。以前から練習熱心ではあったけど、今の彼の行動は明らかに異様でその姿を見るたびに足が竦んでしまうのだ。

そして、やはり今日も夕焼け色に染まる彼の横顔を見たまま私は立ち尽くしていた。
まだまだ真夏日の8月上旬、夕暮れ時とはいっても熱がこもった道場内はむっとしていて、彼からは滝のような汗が流れている。そんなことには、お構いなしで竹刀を振り続ける彼・・・・・

私は小さく溜息をつくとその場を立ち去ろうとした。
「声、かけないの?」
急に掛けられた背後からの声に驚きながら振り向く。
そこには長身で金髪の少年が一人。
「話があるんでしょ?声かけなくていいの?」
軽い口調の少年は彼の方を指差しながら問いかける。
黙ったまま返事に困っている私をみて、少年は何か気づいたようで私に自己紹介を始めた。
「あ!・・・・・・もしかして・・・・良の・・・・・・・・・・・・・俺っち良のルームメイトでさっ、親友の酒匂陽平!」
<親友>と堂々と名乗る少年は爽やかな笑顔で手をだし握手を求める。
彼に友達がいるという事もだけど、それよりもこの軽そうな少年が彼の親友というのが何よりも意外で驚いた。
間違いなく正反対のタイプだ。
圧倒されて呆けている私の手を強引に取り握手をすませると、「君は?」と返され慌てて名乗った。
「あ、岡野です。岡野良・・・・」
私の名前を聞いた酒匂君が思いついたように答える。
「岡野良?・・・・・・って・・・・・あの姫ちゃんの友達!えっと・・・・よしのちゃん?」
「ランちゃんの知り合いなの?」
有名な『姫』ことランちゃんのことは知っていても、私の名前(しかもあだ名まで)を知ってるなんてビックリだ。
「あ・・・・・いや、・・・・・・数多い『姫』ファンの一人だよ・・・・・」
少し表情を曇らせた酒匂君はすぐ元の笑顔に戻し私にウインクしながら言った。
「まぁ、とにかく!よしのちゃんは少しここで待ってて!ね?」

「え?ちょ・・・・・こ」
「困る」という私の返事を最後まで聞くことなく酒匂君は道場内に入っていった。
酒匂君が入った瞬間、竹刀の投げられる音が聞こえて慌てて扉の陰に隠れる。そっと場内を覗き見ると、投げられた竹刀を酒匂君が彼に手渡している。話の内容までは分からないけれど、一瞬の内に彼はピリピリ殺気立った表情から柔らかい表情へ変わっていった。
「不思議な人だな。酒匂君て・・・・・・・」ポツリそう呟いて二人を見つめていた。
彼もそんな酒匂君の人柄に心を開いたのだろう。
二人は夕日の見える縁側に腰を下ろし話をしている。
私は何だかホッとしてその場を離れようとした。
酒匂君には待っててって言われたけれど、今日はこのまま・・・・・あの和やかな顔のままの彼にしてあげるのが一番いいと思ったのだ。
静かに扉から離れようとした時、酒匂君の声が私を呼んだ。

「そろそろ出て来てもいいよ〜〜?」
その言葉に逃げられなくなってしまい、少し悩んだが覚悟を決め中に足を踏み入れた。
いきなり現れた私の姿に、彼はかなり驚いたようで酒匂君を恨めしそうに睨んでいる。
「・・・・・・・・っっっ!!陽平!」
「いやぁさぁ、ここに来たら道場の前でうろうろしている彼女を見かけてさぁ」
酒匂君は『してやったり』と言わんばかりの顔でへへっと笑うと私の前に彼を連れてきた。
「じゃ、俺はこれで!」
それだけ言うとそそくさとその場を離れてしまった。

残された私と彼・・・・・・・・
私も彼も俯いたまま目を合わすことが出来ない。
彼に伝えたかった言葉・・・・・・・今がチャンスなのに中々言葉が・・・・・・

でも・・・・・・・伝えたい・・・・・・・・私のキモチ。

しばしの沈黙の後、勇気をだして声を絞り出す。
「あ、あの・・・・・・一言・・・・・・・伝えたくて・・・・・・」
思いのほか上ずった自分の声に恥ずかしさをおぼえながらも、彼の眼を見つめる。
彼は何も言わず顔を背けていたが、意を決したように面(おもて)をあげた。
握り締めた拳(こぶし)に力を籠(こ)める。

伝えないと・・・・・ちゃんと言葉で・・・・・

私はゆっくりと想いを言葉にする。
「・・・・・・・・・試合・・・・・・・・・・・・・頑張ってね・・・・・・・・」
「え?」
「・・・・・・・・応援してるから・・・・・・・・」
結局私の口から出た言葉は、これだけ。
もっと、ちゃんと伝えたいことがあるのに・・・・・・・・・

・・・・・・・私のキモチ・・・・・・・伝わる?

私は出ない言葉の代わりに、出来る限りの笑顔を彼に捧げる。
あなたが好きよ?
あなたのオモイや優しさに触れて私の心は救われた。
私にも出来る?
あなたを・・・・・あなたの心を楽にしてあげられる?
私の言葉が・・・・・・・・・・・・・・キモチが伝わる?

彼の口から出た言葉はたった一言。
「ありがとう」
彼の眼から一筋の涙が零れ落ちる。それを拭いながら彼は私に頭を下げた。


彼は今まで見たこと無いような穏やかな顔で私を見つめている。
あらためて見た彼の顔は、夕日に照らされて整った顔立ちが尚、際立っていて・・・・・
この時、初めて<高校生になった彼>を見た・・・気がした。
事実、彼の顔をまともに見たのは初めてだった。
バランスよく付いた筋肉、切れ長の奥二重、形の良い鼻と唇、長い手足、どれも私には全然吊りあわない気がして・・・・・・・・・・
とたんに、彼の目に自分がどう映っているのか・・・・・すごく気になって・・・・・・・恥ずかしくなった。

私・・・・・・・・恥ずかしい。
真っ赤な顔をしている私に彼は微笑みかける。
優しい笑顔。

私は後退りしながら「それじゃあ」と逃げるようにその場を去った。
だって、私は・・・・・
眼鏡ブスだし・・・・・・チビだし・・・・・・剛毛だし・・・・・・
今まで全然気にならなかった自分の容姿が途端に恥ずかしくなってしまって・・・・・・・
私・・・・・・どうしよう・・・・・・彼の顔を直視できない。


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