それからの俺は、とにかく朝から晩まで道場に入り浸りで、稽古に精を出していた。 大会前というのが返って良かった。もっともらしい理由で、大儀名文が立つ。 お陰で誰に文句を言われる事なく道場を使うことが出来た。 練習時間以外は俺一人で道場を占領できるので無心で竹刀をふる事ができたのだ。
体を動かしていると何も考えないですむ。 彼女への想いも断ち切れる・・・
あれから中央図書室には行っていない。もちろん彼女にも会っていない。 彼女があそこで俺なんかを待っているはずはなかったが期待してしまう自分が嫌で近寄れなかった。 目の前に彼女の泣き顔が浮かび、俺は思いっきり竹刀をふる。 かき消しても浮かぶのは彼女の泣き顔だけ。 ・・・・・・・・断ち切らねば・・・・・・・ ・・・・・・・ならないのに・・・・・
「クソッ・・・・・・」 俺は竹刀を放り投げた。 外はもう夕暮れ時で、誰もいない道場に竹刀の転げる音が響いている。 「あーあ、大事なもん粗末にしちゃって・・・・・・」 背後から聞こえてきた声の主は陽平だった。
「だから無理すんなっ、つったでしょ?」 陽平は転がっている竹刀を拾い俺に手渡す。 「・・・・・・・・・お前なんでここに?」 竹刀を受け取り、陽平に聞く。 「話し聞きに来たんだよーん」 ふざけて答えているが、陽平の目は真剣だった。 「そうか・・・・・・・・」 何故かすんなり受け入れている自分がそこにいて・・・・・・・・ 誰かに聞いてほしかった事にこの時初めて気づいた。
夕焼け空の下、胴着姿のまま道場の縁側に腰を下ろす。 「好きな子がいる」 「うん」 「たくさん、その子を傷つけた」 「・・・・・・・・・うん」 「だからその子から離れた・・・・・」 「で?」 「その子を忘れようとした・・・・・・・・・けど・・・・・」 「・・・・・無理だったっしょ?」 「・・・・・・・・・ああ」 陽平はふぅとため息を付いてその場にねっころがった。 「惚れたもん負けだよね〜」 真っ赤な夕日を見ながら意味ありげな言葉を呟く陽平。 コイツも同じような思いをしているのだろうか・・・・・?
「さてっと!」 勢いよく身を起こした陽平は廊下の方へ声を掛けた。 「そろそろ出て来てもいいよ〜〜?」 「?」 陽平の声の先に目をやると、おずおずと一人の少女が扉を開け入ってきた。 彼女・・・・・・・・・・・・岡野良だった。 「・・・・・・・・っっっ!!陽平!」 思いもよらぬ人物の登場に陽平に詰め寄る。 「いやぁさぁ、ここに来たら道場の前でうろうろしている彼女を見かけてさぁ」 陽平はへらへら笑いながら答える。
・・・・・・・・・はめられた・・・・・・・・
動揺している俺を他所に、陽平は彼女の前に俺を立たせると、「じゃ、俺はこれで!」とそそくさとその場を去っていった。後に残された俺と彼女・・・・・気まずい空気が二人の間に流れる。
先に沈黙を破ったのは彼女だった。 「一言・・・・・伝えたくて・・・・・」 少し震えていた手を握り締め彼女は俺を見つめる。それは竹林で見せた彼女の顔だった。 「ああ、俺は振られるのか」と直感で悟った。
・・・・・・・・聞きたくはない・・・・・・・・ ・・・・・でも・・・・・ ・・・・これで、彼女を解放してあげられるなら・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・それもいいかもしれない
なのに、覚悟を決めた俺の耳に飛び込んできた言葉は想像していたものと違っていた。
「試合・・・・・頑張ってね」
「・・・・え?」 「・・・・・・・・応援してるから・・・・・・・・」 彼女は精一杯の笑顔を俺に見せた。
震えているくせに・・・・・俺の事が怖い筈なのに・・・・それでも、一生懸命笑いかけてくれる。 ・・・・・・・・・俺なんかの為に・・・・・・・・ あんなに傷つけたのに・・・・・・・・・彼女は俺を許すというのだろうか? 俺の中のどす黒いものが消えていくのを感じた。 かわりに現れたのは暖かいなにか・・・・・・ それは俺を包み込み、重かった心を軽くする。
同情かもしれない・・・・・・・ この気持ちは報われないかもしれない・・・ でも、もうそんなことはどうでもよかった。 俺は彼女の言葉に救われた。
一筋零(こぼ)れた涙を拭いながら感謝でいっぱいの気持ちを言葉にした。
「ありがとう」
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