学校も夏休みに入り、俺は全国大会に向けて練習漬けの毎日を送っていた。 そもそも、俺がこの学校に来たのは剣道全国3位という実績をかわれたからだ。 誘いは何校かあったが、寮生活という不便さを差し引いてもカトレアの条件が飛び抜けて良かった為、即決したのだ。とりあえず、県大会は優勝したが俺に求められているのは全国大会での結果。 大会までの一ヶ月は剣道一色にしなければならない・・・・・・・・・ でも、俺の頭は彼女の事で一杯だった。
その後の彼女はウソのように従順で、夏休み中も俺の願い通り毎日のように会いに来てくれた。 彼女に受け入れられた気がして嬉しかった。 だからこそ、彼女につりあう男になりたくて俺に出来ることを精一杯頑張った。 彼女には出来るだけ優しくあろうとしたし、彼女の言うことなら何でも叶えてりたいと思った。 でも、彼女は俺に笑顔を見せてはくれなかった。 ただ、俺の言う通りに動くだけ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 彼女を手に入れた・・・・・・・・つもりだった。 あの時に彼女の心は凍りついてしまったのかもしれない。 彼女の心が欲しいのに・・・・ でも、今はこれでいい。 そのうち心を開いてくれるまで・・・・・・・。 いつか・・・・きっと・・・・
■■■■■■■■
ピピピピピピピッカチャ 目覚まし時計の音を止めるとまだ重い瞼(まぶた)を擦りながらベッドから起き上がった。 二段ベッドを下りるとこの部屋の相棒はまだスヤスヤと寝息を立てていた。 彼の布団を剥ぎ取ると勢いよくカーテンを開ける。 時間はまだ6時前だというのに外は明るく太陽の光が差し込んできて今日も暑くなりそうな日差しだ。 まだ起きようとしない相棒を小突きながら手早く着替えをすませタオルを出す。 「んーっん!はょっス・・・・・早いね、もう着替えたの?」 相棒は大きく欠伸をするとボキっと首を鳴らしてようやくベッドから起き上がってきた。 相棒→酒匂陽平(さこう ようへい)はルームメイトでもあり同じ特待生でもある。 目が覚めるような銀杏色の髪の毛と誰もが見上げることになるであろう、その長身が印象的な少年だ。 もともとカトレア学院は小等部からの生徒がほとんどで外部からの生徒は珍しい。 その中でも寮生は稀で、その大半が特待生である。 陽平もその中の一人でバスケの腕をかわれ、ここに来たらしい。 「先行くぞ」
「ん〜〜、ちょっと待って・・・」 まだ眠気眼の陽平を背に部屋をでる。 洗面所で顔を洗っていると、陽平も着替えを済ませやって来た。 顔を洗っている陽平に自分のタオルを投げるとそれを上手に受け取って顔を拭いている。 「はぁ〜〜〜、じゃっ行く?」 陽平はタオルを自分の首にかけるとシューズを片手に歩き出した。 俺もその後に続き外にでる。 俺達は毎朝カトレア学院の構内をランニングしている。 敷地内に小学校・中学校・高校・大学を構えおまけに竹林や森林などもあるカトレア学院は何せ広い。 そこを一周して戻ってくるのが日課なのだ。 始めたのは俺が先だが、それを知った陽平が「俺も」と一緒に走り出して今では、すっかり二人の日課になってしまっている。懐っこい陽平の性格からなのか、俺達はいつの間にか親友になっていた。
寮をでるとすぐ公園がありそこを抜けると西門へでるのだが・・・・・・ この公園を通るたび思い出す・・・・・・・・・ 彼女を傷つけた場所・・・・・・・・・・ 彼女を縛ってしまった俺の言葉・・・・・・・・
俺はスピードをあげる。 「おっ、ペースが上がったね?」 「別に」 陽平は俺の横顔をみながら余裕の表情でついて来る。 結構スピードを出して走っても陽平がくたばっているのを見たことがない。 たぶん、持久力ではコイツに敵わないだろう(集中力では俺の方が勝っているはず) この余裕の笑顔を崩したくて、ついついムキになってしまい戻ってくる頃にはダウンしてしまうのだ。
そして案の定、今日も地面に座り込んだのは俺の方だった。 「はぁはぁはぁはぁはぁ」 「ハァーッ・・・・ペース上げすぎだっつーの!ほれっ」 陽平は苦しそうな俺に冷たいペットボトルを渡す。 相変わらず余裕の表情をしている陽平に睨みを利かせながらもそれを口に流し込んだ。 「はぁはぁはぁ・・・・・・クソ・・・・・はぁはぁはぁはぁ」 息が落ち着いてきたのを確認して立ち上がり、近くにあった水道の蛇口を全開にして頭を突っ込んで思いっきり水を浴びる。そのまま動かない俺に陽平が呆れたように言った。 「なぁ、・・・・・お前なんかあったろ?」 蛇口を止めると陽平からタオルを奪い顔を拭く。 「別に」 「そうか〜〜〜?」 疑り深い目で俺を見ていたが、それを無視して歩く。 「・・・・・・・・・・・・まぁ、いっか。あんま無理しない方がいいよ!」 陽平は俺の肩を叩いた。彼なりに俺を心配しているらしい。 「・・・・・・・・ああ」 その気持ちが嬉しいやら、こそばゆいやらで、苦笑いしながら頷いた。
■■■■■■■■
その日、いつものように彼女は俺の部活が終わるのを中央図書室で待っていた。 中央図書室というのはこの学校敷地内になる施設で、小等部から大学院までの全ての生徒が利用できる図書館だ。施設内には飲食コーナー等もあって夏休み中にも関わらず多くの生徒が利用している。 ここは彼女のお気に入りの場所のようで以前からよく利用していたらしい。 広い図書館の端から彼女を探していく。
いつも窓際で本を読んでいるはずなのだが・・・・・
くまなく探したが一階に彼女の姿はない。二階は飲食店しかないのだが、休憩でもいているのだろうか? もしかしたらと二階の方に足を進めてみる。二階にはバルコニーを使ったオープンカフェと購買部や定食屋が並んでいる。
彼女がいそうな場所といえば・・・・・・カフェかも・・・・・
カフェの方を覗いてみた。 思ったとおりバルコニー側の席に座っている彼女の姿をみつけた。 声を掛けようとした瞬間、彼女の隣にもう一人座っている事に気づいた。
誰だ?
ここからでは後姿しか確認できないが、若い男のようだ。彼女は俺には見せたことのない笑顔で男と話をしている。足を止め様子を窺(うかが)っていると、俺の視線に気づいたのか、彼女が俺の方を見て立ち上がった。 その顔は、いつもの彼女に戻っていて・・・・・少し脅えた不安そうな顔だった。 一緒にいた男も俺の方を振り向く。年齢は20代前半といったところか・・・・えらく綺麗な顔をした奴で背格好からは大人の雰囲気が漂っていた。男は彼女に何か話しかけ納得すると、彼女を俺の前までエスコートするように連れてきた。
「こんにちは」 男の余裕な笑顔が俺の神経を逆撫でする。 「・・・・・・・・・」 無愛想な俺の返事に動じる事なく、その男は「じゃぁ」と彼女の肩をポンと叩いてその場を去って行った。 「あ、ごちそうさまでした」 彼女は丁寧にお辞儀をして男を見送る。 男は背中を向けたまま手を振って歩いていった。 そんな気障(きざ)な行為も何故か自然で、俺が欲しいものを全て持っていそうな男・・・・・・・・・・・・・・
「誰?」 俺の言葉に彼女は不安げな面持ちで答える。 「あ、・・・・椿さん・・・ランちゃんのお兄さん・・・・・」 姫嶋の・・・・、言われれば納得だ。偶然、図書館であったらしい。 ふと、隣にいる彼女の顔を見ると窓越しに見える椿の後姿を眺めていた。 すこし微笑んでいるその顔は紅色に染まっていた。俺の中で芽生えた一つの感情 ・・・・・・・・・・・嫉妬。
「・・・・・・・・ちょっと、来い」 気がついたら彼女の腕を強く掴み引っ張っていた。 早足で歩く俺の後で彼女は小走りになっている。 「な、・・・・何?・・・・・・・どこいくの?」 震えている声が俺を止めようとしている。
校舎に入った俺は適当な教室の扉を開けて人がいないのを確認すると彼女をそこへ放り込んだ。 勢い余って床に倒れこむ彼女。 扉を閉めると一歩ずつ彼女に近づいていく・・・ 彼女の顔がどんどん青ざめ、あまりの恐怖で声も出ないのか頭(かぶり)を振りその瞳は俺に慈悲を候(こう)ようだった。 俺は彼女に覆いかぶさり、床に体を押し当てて仰向けの状態で組み敷く そして震えながら何とか逃れようともがく彼女の両腕を頭上に捻り上げ拘束した。 「お・・・ねが・・・い・・・ヤメテ・・・・・」 しぼりだしたような掠(かす)れた声で訴える彼女。すがるような瞳で俺を見ている。 俺はかまわず、彼女の首筋へ唇を押し当てる。 「いや・・・・!!」 彼女の叫び声と同時に俺の頬に暖かいものが垂れてきた。
涙・・・・・・・・・・・・・・・・? これは・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺の涙。
「クソッ・・・・・・・・・なんで・・・・涙なんか・・・・・・・」 俺の涙は彼女の首筋をつたって床に落ちる。
彼女の全てを俺のものにしたかった・・・・・・・・心も体も全て・・・・・。 だからこそ、見えないフリをしていたんだ。 俺を見る時の脅えた瞳、俺が触れた時に感じる微かな振動・・・。 彼女はいつも震えていた。
彼女は決して俺のものには・・・・・・・・・・・・・・・・・・ならない・・・・。
「く・・・・・・・・っ」 涙はとまらず、どんどん溢れてくる。 「行けよ!」 俺は彼女から離れ壁にもたれ掛かる。 彼女は困惑しながらも少しずつ俺から離れ、傍にあった机にもたれながら立ち上がった。 そのまま動かない彼女。 「行け!!」 俺のその言葉で躊躇いながらも立ち去って行った。
「畜生・・・・・・」 止まらない涙・・・・・・・ この涙と一緒に彼女への想いも流れればいい。
俺の二度目の恋が終わった気がした。
|
|