ほんの10分も歩くと、ちらほらと民家らしき建物が見えてきた、 と言っても、煙突と、少し雪の片づけられた玄関が見えるばかりである。 この辺りの家は、どうやらみんなドーム状になっていて、雪下ろしなどしなくても押しつぶされないようになっているようだ。 ……かといって、雪かきをしないのはどうかと思う。 前をゆくユウちゃんは、カンジキ、とでもいうのだろうか、底が異様に広くなったブーツを履いていて、雪原をすいすい歩いていく。 僕は自前のトレッキングシューズが見えなくなるくらい足が埋まり、一歩一歩歩くので精一杯だ。大分息も切れてきた。男としてはここで泣き言を言うわけにはいかないが。とりあえず疲れる。
「ユウ様、おはよう」議事堂と思しき大きな建物のそばにさしかかったとき、外で遊んでいた子供の一人が声をかけてきた。 ユウ様……?こっちでは巫女さん、ってのはそんなに偉いんだろうか? 「おはよう、リュウ君。お母さんのお手伝いはいいの?」 作り笑顔という感じはしない、感じのいい心からの笑顔で、ユウちゃんが答えた。 「うん、今日は雪が深いから、子供は狩りに来ちゃダメだっていわれた……」 いいながら、気になるのか汗だくで肩で息をしている僕の方をチラチラ見てくる。そんな不審な目で僕を見ないでくれ……。 「あ、この人はね、昨日の遭難してた人よ。アカデミアの学生さんで、コースケ君」 「どうも」僕は完璧に作り笑いで話しかけた。 「ユウ様、これから議事堂へ?」無視された。 「うん、コースケ君をつれて来てって言われてるのよ。さっきリュウ君のお母さんが行きがけに声をかけてくれてね」 じゃあね、と手を振ると、僕をあくまで不審な目でじろじろ見ながらリュウ君は走り去っていった。まあ、よそ者には普通こんなもんなんだろう、と思うことにした。
「さ、あれが議事堂よ。お父さん達が中で会議しているはず」 元気いっぱいのユウちゃんと違って、靴がびしょびしょで心が折れかけていた僕は、とりあえず、ほっとした。今度外に出るときは靴を借りよう。 ドアを開けると、ロビーにいた女の子が振り向いて、甲高い声をあげた。 「あれ、ユウじゃん? 何? あ、もしかしてそれが遭難してたっていうアカデミアの人?」 元気娘は苦手だ。とりあえず走って近づいてくる彼女から隠れるように、ユウちゃんの後に立つ。 なんだ、ユウ様なんて呼んでないじゃん……。もしやユウちゃん子供達のカリスマ?んなわけないか。 ユウちゃんも嬉しそうに、ぶんぶん手を振って答える。 「エスぅ、久しぶりー!! しばらく吹雪いてたから会えなかったもんね。元気してた?」 「あったりまえじゃん。……あら、君結構可愛い顔してんのね。良かったじゃん、ユウ。うりうり」肘でユウちゃんの横っ腹をぐりぐりしている。 やっぱり、苦手なタイプだ。 エスちゃんだっけ?まあ、短めの髪が元気な感じにすごく似合ってて、可愛いっちゃ可愛いんだけどなあ。こんなやつってやっぱどこにでもいるのか。 「な、何いってんのよ! エスってばまたそうやって……」 ユウちゃんがちょっと照れている。というか困っていると言った方が適切か。やれやれ。 「いいのよいいのよ。あ、コースケ君だっけ? さっきベアさんから聞いたんだけど。ユウはねえ、男の人にあんまり免疫無いから、コトを進めるときは慎重にね!?」 コトってなんだよ。俺が答えに詰まっていると、顔を真っ赤にしたユウちゃんが言った。 「もうっ!コースケ君、さっさと行きましょ!お父さん待ってるから」 「はいはいー、巫女様とそのお連れが入られます、っと」へへっと笑いながらロビーから議会への扉を開けた。どうやらこれが彼女の仕事らしい。 扉を支えるエスちゃんをすれ違うとき、彼女が僕にだけ聞こえるようにそっとささやいた。 「ユウ可愛いでしょ?頑張りなさいよー」 慌てて振り返ると、エスちゃんがパチっとウインクしてきた。 やっぱりこの子苦手だ……。
「巫女様、ようこそいらっしゃいました。……君がコースケ君だね?まずは掛けてくれるかな」 そう言ったのは、円卓の向こう側にすごく威厳たっぷりのおじさん。多分この人が議長なのだろう。こんな人に巫女様、って言われるくらいだ。やっぱりユウちゃんはここでは相当偉いのかもしれない。 その横にベアさん。彼も他の人と同じように、昨日のイヌイットスタイルではなく、ローブを羽織った今の僕の様な格好をしている。まあ、サイズはずいぶん違うのだが。 そしてその他に2人、お爺さん。背筋がピンと伸びた白髪が一人。もう一人はマスターヨーダみたいな魔法使いみたいな人だった。 「さっ、コースケ君、座ろ?」ぼーっとしていたところをユウちゃんに促されて、慌ててイスを引く。 「君も入るといいよ、ミスト君」議長?が後の扉に向かって声をかけると、一人の男性が入ってきた。 なんというか、背筋のまっすぐな伸び具合と言い、帯刀していることといい、おそらくもう一人の遭難者、フィー国の軍人というのは彼のことだろう。 「失礼いたします。……お初にお目にかかります、巫女様。私はミスト、階級は宮廷騎士です。以後お見知り置きを」人に無視されるのは今日は二度目である。 何というか、異常に眼光が鋭い。年は僕と近いだろうが、エスちゃんより、もっと友人になれる気はしない。 「ユウと申します。宮廷騎士ということは、国王直属の……?」 気付くと、ユウちゃんの顔色が悪い。何か国王様と因縁が?ユウちゃん偉いみたいだしな。あってもおかしくないんだろうな。 「はい。ここには国王様の命で伺いました」 「だ、そうだ。用件は察しがつこう……。よくもまあこんなところまで」 向かいの議長らしいおじさんが口を挟んだ。 「まあ、それは後にして、と。とりあえずミスト君も掛けなさい……失礼、コースケ君。自己紹介が遅れたね。私はジエンという。階級は修道士だが、一応この村では議長をまかされている」 「どうも、初めまして。コースケといいます」 やっと話を振られたのはいいものの、全員の視線が僕に集中して緊張する。 「ベアの紹介はもういいだろうな。そちらの二人は、君から見て手前側がスプー、奥がキリンという」二人が軽く頭を下げた。 なるほど、魔法使いがキリンさんで、白髪のおじいさんがスプーさん。 僕もぺこりと頭を下げる。 「二人とも階級は騎士で、村の守護を担当している」 騎士って……まあ片方は間違いなく。ジェダイの騎士なんだろうが、こんなお爺さんで村を守れるんだろうか?? 「さて、紹介も終わったし、本題に入ろうか」
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