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作品名:フェイク・スノー 作者:真黒

第3回   不思議少女の父親はクマなのか?
 ぱん、ぱんと雪を払う音がした。吹雪はやはりまだ続いているのだろう。冷たい風が部屋の中に吹き込んでくるのを感じる。
「あ、お父さん帰ってきたみたい」
 彼女は座ったまま玄関に向かって、おかえりなさい、と声を掛けた。
 可憐な彼女の父親だ、僕は線の細い、華奢な感じの男性を想像したのだが……。
「ただいま、ユウ。……ああ、君も気がついたか。大丈夫かな?」
 クマ。Bearである。
 かのどう猛なグリズリーもこうはあろうか、という巨大な体躯をきしませて、ノシノシと歩いて近づいてくる山男が、どうやらユウちゃんの父親らしい。
「……あ、あ。おかげさまで、大分落ち着いてきました」
 実際はお父さんの登場であまり落ち着いてなどいないのだが。
「それは良かった。雪に埋もれた君を踏んづけなかったら、危なく見過ごすところだったよ」冗談めかしてハハッ、と笑う。踏んづけたんですか。
 にゅっ、と大きな手が出てきて、握手を求めてきた。
「ベアといいます。階級は神官を務めております。あなたは?」
 何ともイメージ通りな名前である。アニマルな一家だ。
「コースケさんだって。アカデミアの学生さんらしいよ」
 彼女が僕らに割り込むように答えた。あんまり落ち着きは無い方らしい。
「コースケさん?変わったお名前ですね。アカデミアの学生さんということは、調査旅行か何かで?」
「あ、はい。そんなところです」
 もう面倒くさいので、適当に答えてしまった。
「そうですか。まあ、何にしろ命拾いされましたな」
 またガハハと笑う。割と人なつっこいクマである。
 僕の持ったカップをん?とのぞき込んだ。
「ほう、娘の造った酒を飲みましたか……。あれは旨いんですが、なかなか強くてね」
 いける口みたいですな、と暖炉から鍋ごと持ってくる。
 あの、お酒ユウちゃんが作ったのか。意外だな。
 台所からカップを取り出してきて、自分と僕に改めて濁り酒を継ぎ足す。
「死んだ家内の仕込んだ酒はもうちょっと飲みやすかったもんですがね……まあ、とりあえず無事を祝して乾杯しましょう」カチッとカップを合わせた。
「いただきます」ごくっと一口飲んだ。確かにアルコールはきついが、僕はすでにこのお酒が気に入っていた。
「まあた、そうやって私のこと馬鹿にして……コースケさんは私のお酒、嫌い?」
 ちょっとふくれてユウちゃんがこっちを見る。
「いや、おいしいよ。すごく暖まる」
「でしょ?ま、でも実際お母さんにはかなわないんだけどね……」
 とはいいつつも嬉しそうに笑う彼女に、僕はほんとにおいしいよ、と付け加えた。
「そりゃあ、良かった。この辺りでは、酒は各家で仕込んでるんで、ウチのお酒を気に入っていただけてなによりですよ。コースケさん、お食事はできそうですかな?」
 ベアさんが答えた。
 ユウちゃん仕込みのお酒ですっかり暖まった僕は、言われてからお腹がすいていることに気付いた。確かに外は真っ暗で、夕食時、といった感じである。
「はい、そこまでお世話になってよろしいんですか?」
「もちろんもちろん。困ったときはお互い様ですから、気を遣わずゆっくりしていってください」
 紳士的なベアさんの態度に、心の中で、さっきクマと思ったことを申し訳ないと思った。
「コースケさん、ちょっと待っててね。すぐ準備するから」ユウちゃんがパタパタと台所へ走っていった。


 とりあえず、食事中にしゃべるのは万国共通で不作法のようだ。とりあえず、今はこの沈黙がありがたい。
 ユウちゃんの作った干し肉入り(何の肉かはよくわからないが)スープをすすりながら、今現在の状況を頭の中で整理してみる。
 僕が雪山の中で遭難したこと、そしてベアさんに助けられたこと、それは間違いない。
 だが、気を失っている間に、何が起きたのだろう。
 色々なパターンを検討してみる。
 その1。助けられたのはいいものの、みんなで僕を騙してからかっている。良識のある大人がこんなコトするとは考えづらいか。
 その2。まだ夢の中にいる。……ってことは死ぬのはもうすぐだろうな。まだ雪の中だろうし。まあ、助けられたけど、まだ寝てるって可能性もあるからな。でもこんなはっきりした夢って見るのだろうか?
 その3。あんまり考えたくないが寝てる間に異次元にワープ。あるいはタイムスリップ。不思議の世界へ紛れ込んだとさ。却下。
 ……と、却下してしまいたい案だが、このイヌイットみたいな格好をした山男に、民族衣装の美少女、そして今の時代に保存食は缶詰ではなく、干し肉。ストーブではなく暖炉。神官、巫女、フィー国軍などという不思議ワード。
 これらから考えるに、なんとも絶望的な案その3が却下しがたい。
 まあ、面倒くさいことはとりあえず、後から考えよう。
 

 食事を終えたあと、僕は気になっていたことをベアさんに聞いてみた。
「あの、僕が倒れてた辺りに、他に誰かいませんでしたか?」
 少しの沈黙の後、申し訳なさそうに彼が言った。
「……すまない、見つかったのは君だけだったよ。ご友人か?そとはひどい吹雪だが、私も無事を祈るよ」ベアさんが頭を下げた。
「そうですか……いえ、あいつならきっと無事に帰ってますから。ありがとうございます」
 またさらに長い沈黙。
「ねえ、もう夜だし。コースケさん休んだ方がいいんじゃない?まずはあなたが元気にならなくちゃ、ね?」
 ユウちゃんが励ますように言ってくれるのが嬉しい。確かに、さっきまで寝てたというのに体はボロボロに弱っているのが分かるくらいだ。
「ああ、そうだ。さっきの会議でね、君はウチでしばらく預かることになったから。とりあえず部屋もベッドも空きがあるし、とりあえず今日は休むといいよ」
 なるほど、僕のための会議だったのか。そういえば、聖地とかいってたし、部外者の進入は町を騒がせたのかもしれない。
「……お言葉に甘えさせていただきます」

 ユウちゃんに案内してもらった部屋は、なんだか長い間使った形跡がなく、もしかしたらここはお母さんのいた部屋なんじゃないだろうか、と思った。だけど、それを聞くのは何だかためらわれた。
「それじゃ、コースケさん、おやすみなさい。元気出してね?」
 ユウちゃんが微笑みかけてくれた。
 女の子におやすみなさい、と言われるのも、1つ屋根の下で寝るのも初めてだというのに、僕はどうなってしまうんだろう、という不安が、そんな喜びも全部覆い隠してしまっていた。
 思いの外ふかふかのベッドに横たわると、僕は考えるまもなく眠りについてしまった。
 
 


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