そして、意識を回復したとき、僕はまず、今死ぬってときにこんな事考えていること自体がだめだろ、と思った。僕の走馬燈ってこんなものですか。 その次に思ったのが、僕の右手を触っているのは誰なのか? ということだった。 まだ目が開かない。意識を右手に集中してみる。 明らかに男の手ではない、と思う。女の子の手なんて握った事は無かったのだが、その手はすごく柔らかく、滑るように僕の手を揉みほぐしていた。 気持ちいい。 どんどんと右手を中心に体中の感覚がよみがえっていく。 「……ん?」 ぴくりと動いた僕の右手に反応して、彼女が言った。 「目が覚めた?」 透き通るような声。 「大丈夫?……目は開く?」 「……どうにか」ぼそりと呟くので精一杯だった。 目を開くと、かがみ込むように僕の様子をうかがう女の子が見えた。 小さな顔に似合わず大きな目。整った顔立ち、というより可愛らしい、といった方が適切だろうか。年はまだ17,8くらいだろうか。 さらりと揺れた髪の毛からいい匂いがする。 「凍傷になりかけてたからね……よかった」 そしてとどめは彼女がにっこり笑った顔。 僕が一撃で恋に落ちたことになんて気付かず、彼女は続けた。 「あ、まだ指は動かしちゃダメ! もう少し暖めないと」 よく見ると、僕の右手はお湯につかっている。確かに指先の痺れた感覚はまだ全然残っている。 「もう少ししたら、ご飯も用意してあるから。喉乾いてる?」 僕がこくりとうなずくと、待ってて、と立ち上がった。 その瞬間、僕は違和感を覚えた。 なんだろう、彼女の格好は? なんというか、民族衣装というか、まず現代人が好んで着る衣服の類ではない。 白を基調とした荒い布で作られた、あまりにも大ざっぱな衣服。確かに彼女に似合っているのだが……。 部屋の中もおかしい。壁は泥で固めたような適当な作りだし、見たこともない形の暖炉がある。 その暖炉の上の鍋から、木で出来ているのだろうか、そんな素材のカップに飲み物を注いで、彼女が戻ってきた。 「…ん? 何? なんか珍しいものでもあった?」彼女はきょとんとしている。 僕は何と言うべきかわからず、黙ってしまった。 「まあ、これでも飲んで落ち着いて。暖まるからさ。あ、右手もう動く?」 「うん…あ、ありがとう」 どうにか感覚の戻った右手で木製カップを受け取る。 カップの中には、白く濁った液体。顔を近づけてみる。 「うわ、これお酒!?」ものすごい強いアルコール臭。 「そうだよ。ウチで造ったお酒。寒いときにはこれが一番だからね」 さあ飲め、と言わんとばかりに彼女がにっこり笑う。 お酒と聞いて多少安心したが、やはりおそるおそる口を付けてみる。 旨い。 というか熱燗。濁り酒、といった感じ。度数は相当強いみたいだけど。 僕は2口目で、ぐいっとカップの中身を飲み干してしまった。 「えぇ? 一気に飲んだの? 大丈夫?」 胸がカッと熱くなって、まだぼんやりとした意識が急激に引き戻される。 「大丈夫。あー、効いたぁ……」どうにかまともに喋れた。 「お酒強いんだね……。ウチのお酒はみんなかなり酔っぱらうのに」 ほんとに驚いたようだ。 「元気になったみたいね。よかった」 改めて見ても、彼女は不可思議な格好以外は、ものすごく可愛い。 だが、見とれる前に、聞かなきゃいけないことがある。 「ここは? 君が助けてくれたの?」 彼女はうーん、と少し考えてから答えた。 「私があなた運べるワケないでしょ。見つけて、ここに連れてきたのは、お父さん」 そして、彼女は好奇心全快、といった感じで聞いてきた。ここはどこ?という僕の質問は完全に無視されたようである。 「ねえ、君。君ってやっぱりフィー国軍の人?」
「は?」
フィー国軍って……ていうかフィー国って?地球にあったっけか? いや、一応センター試験は地理とったし、そんな国は無かった気が…。 そもそも俺って日本人顔じゃないのか?金髪ウェーブにブルーの瞳になった覚えはないんだが。っていうかちょっと待て。もしかしたらものすごい不思議ちゃんに助けられた可能性もある。
「違うの?最近この辺フィー国軍がうろついてるってお父さんが言ってたから」 彼女が首を傾げる。 なるほど、もしかしたら僕が寝ている間に日本はなかなか物騒な国になったのかもしれない。とりあえず落ち着こう。 「いや、僕はただ卒業旅行に……」 「卒業旅行?……あぁ、国立のアカデミアの人か。確かに、軍人って感じじゃないわね」 アカデミアって…。それに僕の大学は私立だ。間違っても国立に受かるような頭脳はない。 「でも、聖地に旅行に来るなんて……変よね。調査とかじゃなくって?」 また不思議ワードが出た。よし、この子は不思議ちゃんだ。間違いない。 「ねえ、君、名前と階級は?」 ふーっと、深い息を吐いて落ち着いた。よし、いくら不思議ちゃんだろうと、可愛い子には違いないんだ。ここは紳士的に。 「僕はコースケ。階級とかはよくわかんないんだけど……君の名前は?」 「コースケ?変な名前ね。私はユウユウ。みんなはユウって呼ぶ。階級はね、巫女よ」 変な名前って……パンダか、お前は。いや、トキだったかな。 「そっか。巫女さんなのか」 あれ?といった顔で彼女がポカンとする。 「巫女って聞いて驚かないんだ。なんか嬉しいね。この階級だけでみんなびっくりしてなかなか仲良くなれないんだけど……」 ちょっと喜んだ彼女をみて、僕は事情がよく分からなかったけど、とりあえず嬉しかった。 「別に巫女さんやってても驚かないけど……ユウちゃん、でいいのかな?ここってどこなの?」 「あ、ああ。ここはね、聖地の守り人の村よ。特に名前は無いけど」 うんうん。落ち着け。 「フィー国に帰りたいんだったら、ちょっと待たないとなぁ……、まだ吹雪止みそうにないから、まだ山は降りられないと思うよ」 僕は日本に帰りたいんだけどね。まあ、山には詳しそうだし、帰りは心配なさそうだな。 そこで、はっと気がついた。 「ねえ、僕のそばにもう一人いなかった?僕の友達なんだけど」 「……ごめんね、見つけたのはあなた一人だったみたい」 本当に申し訳なさそうに彼女は答えた。 僕はがっくりと肩を落とした。 いや、きっとあいつなら、一人ででも何とか帰ってるはずだ。 僕を捜してなんかいないで、きっと、無事に帰っているはず。 そう思うことにしよう。 「そろそろお父さんが会議から帰ってくるはずだから、何か聞いてるかもよ。……きっと大丈夫。あなたも弱ってるんだから、まずは元気出そうよ、ね?」彼女が優しく言ってくれた。 「うん……、ありがとう」 見たとこ年下の女の子に慰められるのは何とも情けないけど、それでも本当に今の弱った僕にはありがたかった。 その時、玄関だろうか、ドア、というより扉が、ズルズルと開いた。
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