連絡から一時間後、応援の警察官3名と刑事が1人、僻地の刑務所の受付前に到着した。 「なんだ3人か。それと南か、絞殺はないぞ」 出迎えの内藤刑事が言った。 応援に来た刑事の名前は南。南刑事は足を負傷しているため、ここの事件を含め、外勤の後詰として署内で書類整理にあたっていた。この捜査始めに彼は死体検案書を見て、「索条溝はわずかですが、絞殺の可能性があります」と進言していた。しかし、鑑識や他の刑事に否定され、その線の捜査は行われなかった。だが、署内でひとり時間を持て余していたからか彼は諦めがつかず、過去の事件と照らし合わせ、絞殺の可能性を探っていた。 「殺人事件として応援を要請したのではないのですか?」 足を引きずり近づきながら南刑事は言った。 「そうだ。毒殺でな」 「毒殺? 検案書にもあった鉄中毒ですか? そんな馬鹿な! 鉄中毒を殺害の手段にするのは甘すぎる。確実じゃあない!」 「被害者は鉄中毒の持病があった。それを知っていれば、殺害の手段として思い至ることも妥当だろう」 「しかし……やはり確実性がない」 「心臓病の患者を驚かして殺害した例はある。馬鹿らしいほど確実性の薄い手段でも実行に移した犯人はいる。まだ犯人かは確定していないが、今回の犯人はまだ確実な手段を取ったと言えるのではないか?」 「毒殺を実行する犯人は累計でみて計画的です。より確実な手段を選ぶ傾向にある。鉄中毒では、“死ぬかもしれない”程度でしょう。来て早速ですが、毒殺の可能性を否定します」 南刑事は早口で主張した。彼は拙速の傾向がある。 その辺りをよく知る内藤刑事は、揶揄(やゆ)も込めて言う。 「犯人は南と一緒で、気持ちばかりが先走って、焦ったんじゃないのか? 世間ニュースで見聞きしたポピュラーな毒殺という計画的犯罪を模倣した犯人であれば、必ずしも計画的性格とは言えないから、自身の不備を見逃すこともある。その手合いだろう」 険悪な雰囲気になった。この二人は熱くなりやすい性質で、よく衝突する。 周りの警察官が顔を見合わせる。 そこに北原刑事が来て、 「南、足は大丈夫か?」 と、言った。 「はい。大丈夫です。もう松葉杖なしでも歩けます」 「今回は突入現場じゃないが、落ち着いていけよ」 「はい。わかっています」 場がおさまり、周りの警察官はほっとした。 「北原さん。今日の捜査の内容説明をお願いします」 南刑事がそう言うと、北原刑事はざっと今日の捜査の内容を、特に囚人下澤の犯行自白の内容を説明する。 南刑事は黙って聞く。が、判然としない様子。 「……とまあ、こんなところだ。まだ毒殺だと断定はできないが、動機も殺害手段も筋が通っている。見解は?」 一通りの説明が終わり、北原刑事は南刑事の考えを尋ねた。 「自白した下澤の態度ですが、すっきりしませんね。話の理屈は通っているようですが、その……横柄な態度、毒殺犯には稀では? それに、わざわざ犯行を自白する理由がわからない。自白するまでノーマークだったんでしょう? 疑われてもいないのに、自白するとは、どうも不自然です」 南刑事が言った。 「うむ。そこなんだ。動機は言ったが、自白した理由を言わなかった」 「よし、私が聞いてきましょう。問い詰めれば虚言だったとボロを出すかもしれません。そうすれば、私の絞殺説を検討していただけるでしょう」 自白した奴の場所はどこですか? と、南刑事は意気込み、歩き出したが、 「ちょっと待て南、君にはその絞殺説を探ってほしい」 と、北原刑事が呼び止めた。 それを聞いて内藤刑事は目を丸くした。 「いいのですか?」 と、童顔をつくる南刑事。 「北原さん! どうして絞殺の捜査をするのですか? 鑑識や監察医の報告の中で、頚部にわずかな索状溝らしきものがありましたが、あれは被害者が日頃から上着の首のボタンを強く締めていたために出来たものだったでしょう。裏づけは捜査始めに取れています。殺意を持って強く締めた場合に見られる筋肉の断裂や内出血はなかった。だから絞殺の線は捨てた。それに、誰が絞めるのですか? モニタをチェックしたが、外部の人間が侵入した形跡は見つからなかった」 内藤刑事が言った。 「なにも、絞殺で断定しようとしているわけではない。不可能だと考えていた毒殺に、方法があった。これは俺と内藤の失態だ。応援の刑事に他の可能性を洗いなおしてもらうのがいいだろう。南が来てくれて調度よかった。絞殺を疑っていたからな」 「しかし……」 「失態だ。もういいだろう」 北原刑事の言葉に、内藤刑事は不満を隠さない。だが、北原刑事が、手際よく各自の担当指示をしたので、内藤刑事は刑事としての意識を高めて不満を捨てた。 [7〆]
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