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作品名:独房の笑い声 作者:若野 斜羽

第20回   暮れなずむ
 日が暮れ始めている。
 車中――内藤刑事が運転をして、助手席に北原刑事がいる。阿藤大希が居るとされるアパートへ向かっているのだ。午前中の看守へのより掘り下げた聴取で名前が出てきたのが、阿藤大希。伊野死亡事件の発生した刑務所で看守をしていたが四ヶ月前に受刑者への暴力行為の責を問われ退職、その後の所在は不明となっていたが、先ほど取調べで榎本がその所在を吐いた。彼女の協力者は阿藤だと吐いた。
 「北原さん」
 内藤刑事の呼びかけに、ん、と北原刑事は応じた。
 「阿藤は黒ですかね?」
 数秒の沈黙。
 「どうだかな」
 取調べで、この刑事らは嘘をついた――阿藤が何らかの犯行をしたと。この嘘を言わしめたのは、北原刑事の排他的『勘』。看守を中心とした刑務所関係者への聴取の中で、北原刑事が疑わしいと思ったのは看守寺川だけ。その他は、今回の犯罪に関与していないという推測の中で新たに阿藤の存在が浮かび上がった。阿藤と榎本に接点があった証拠はひとつもなく、阿藤の目撃情報もないが、現在未確認である刑務所監視カメラの切り替わり周期の情報を榎本に伝える事のできた一人に考える事はできる。もちろん、伝えるだけならば、監視モニターを見たことのある看守全員に可能性はあるのだが、北原刑事の勘で、会った事も目撃された事もない人物に疑いを向けた。言ってしまえば、全くのでっちあげだが、結果、榎本は吐いた。
 「榎本は、阿藤の協力を吐いたが、侵入方法や殺害方法は、まただんまり。何か理由があるのですかね?」
 「……庇っているのかもな」
 「やはり寺川を?」
 「ああ」
 「その理由は?」
 「……寺川が事件の夜に何かをしたのだろう」
 「何を?」
 それはまだ分からん、と北原刑事はにたりと笑った。
 北原刑事は何か偽りを孕んでいるようだが、運転中の内藤刑事はそれに気づかなかった。
 
 そして、阿藤のアパートに到着した。
 時間は午後五時二十分、阿藤の部屋の呼び鈴を鳴らすが反応はない。耳をドアにあてたが、中に人がいる様子はない。内藤刑事が裏に回り、窓ガラス越しに中の様子を探ったが、人の影は見えない。留守であろう。二人は車に戻り、アパートから少し離れた場所に停車した。部屋の入り口が見える位置にだ。
 定時に帰る勤め人であれば、間もなく帰ってくる可能性がある。二人は車中で張り込みをすることにした。
 阿藤の写真は、看守時代の履歴書の写真のみ。細面で神経質そうに髪を真ん中で分けている。身長175cm前後で細身だが柔道の経験があり、力はあると、かつての同僚看守からの情報。彼らの話では、阿藤の人間的印象は決して悪くなく、仕事振りは真面目で、新人の中では仕事の覚えが良かった。が、態度の悪い受刑者に対して突然切れた。床に押し倒し、受刑者の襟を使って数秒で絞め落したのだ。休憩時間に、悪い奴は許せないから殴ってやりたい、と冗談交じりに同僚と談笑した事はあったが、同僚たちはまさか彼が実行するとは思っていなかった。結果懲戒免職。
 そんな阿藤、暴れるかもしれないが、二人は心配していない。仕事の覚えがいい人間は、己の正義感とは別に秩序を大切にする人間が多く、刑事に対してはおよそ暴れないからだ。まあ、確定ではないが。
 五時四十分、阿藤と思われる人物が帰ってきて、阿藤の住む部屋に鍵を開けて入っていった。阿藤に違いない。
 五分ほど待つ、靴を脱ぎ、彼がリラックスし始めるのを待つために。
 車を降りた刑事二人は阿藤の部屋へ。
 テレビの音が聞こえる。
 呼び鈴を鳴らすと、阿藤がつっかけで出てきた。彼に慇懃に警察手帳を見せると、阿藤は少し眉をひそめた。榎本の刑務所侵入を幇助したとして彼に任意同行を求めると、阿藤は神妙に返事をした。内藤刑事が彼に部屋の電気とテレビを消すように促すと、彼はそれにも神妙に応じ、上着を着て、靴を履いた。
 神妙に神妙な阿藤の背中を見て、北原刑事は心の中で毒を吐いた――こいつはめんどくせえ奴だろうな。
 そして三人は警察署へ向かった。
[20〆]


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