ウェスタン風のレストラン。店の入り口の前の階段に、一人の男が腰を下ろしている。膝の上に頬杖をついて、どこかをぼんやりと眺めている。男から一メートル位離れたところに少年が立っている。男とは対照的に少し緊張した面持ちだ。 少年の右腕からは、細い鎖が伸びている。そしてその先は、男の手によって握られている。男は奴隷商人かもしれない。少年を買手のところに運んでいる途中にも見える。 「ねえ、何を待っているの?」二人がこのレストランに着いて二十分が過ぎた頃、少年がおもむろに口を開く。 「この場所に居ることに、何か意味があるの?」少年は男の方に視線をやり、少し怯えた目で男を見て言う。男も少年を振り返る。 そのときレストランのドアが開き、中から体の大きな男が出てくる。二人の視線が彼に向く。二人とも知らないが、男はこの店の主人だ。 「あぁ、あんたらお客かい?」 「いいや、違う」男が首を斜めにして答える。 店の主人が二人のことを訝しげに眺める。 「その子、もう買手はいるのか?」主人は、少年の鎖につながれているのを見つけて言った。「もしまだなら、うちで引き取らしてもらえないかね?」 「何の話ですか?」 「その子をうちで働かせたいんだ」 「あぁ」 「人手が足りなくてね、いくらだい?」 男と店の主人とのやり取りを、少年は黙って聞いている。男が少年にチラッと目をやると、少年は無表情だった。 「いや、申し訳ないですが、売り物ではないので…」 「もう決まっているのかね?なら、その値段に上乗せして払うよ」 「すみません、そういう訳にはいかないのですよ」男は丁寧に断った。 「おかしなことを言う、高く売れた方がいいだろうに」主人は納得しない面持ちで、つぶやくと、店の看板を「OPEN」にひっくり返し、店の中に戻っていった。 もうすぐ昼か。 男は看板を見て何となくそう思った。 少年は、店の中に消えた主人の姿を目で追っていた。 「売ってしまえば良いいのに」不意に、少年が店の方を向いたままつぶやく。 「何?」 「早く売ってしまえば?買い手なんて決まってないんだろう?」少年は男の方を振り返る。その顔は不安そうで、どこか悲しげだ。 男はそんな少年の顔を見て、一度瞬きすると、すぐに可笑しそうにクスクスと笑った。 「何が可笑しい?」 「いや、君、何か勘違いしていないか?」男は笑いながら言う。「君は奴隷じゃないだろう?売るわけがない」 「……」少年は無言で男から一歩後退する。 「何処へ行くの?」少年は男への恐怖心を振り払おうと、男に話しかける。さっき聞けなかったことだ。男は笑うのを止める。 「何処だと思う?」 「そんなの分かるわけがないだろう」ヒステリックに、上ずった声。少年は頭を抱え、その場にしゃがみこむ。 「家に帰して…」 男は少年を眺めていたが、やがて立ち上がり階段を上がると、少年の前にしゃがみこむ。そして、少年の頭を両手で包み込んだ。少年は泣いているようだった。男は何も言わずに、少しの間そうして少年に寄りそっていた。
ぐらぐらと揺れるバスの中。少年は男の隣に大人しく座っている。今はもう泣いていなかった。少し疲れた顔をしているが、落ち着いたようだった。 「ねえ」 「うん?」 少年が男に話しかける。 「何?」男は少年の方を向く。 「教えて」 「何を?」 「何でもいい…あなたは誰なのかとか」少年が男を横目で見る。男は笑みを浮かべて少年を見ている。 「それは前にも聞いたね」 「うん、聞いた。…けれど、教えてくれなかった」 男は何も教えてくれなかった。黙って少年を睨みつけていた。今も同じだ。聞いてはいけないことなのだろうと、少年は思った。けれども、何も知らないことが不安でたまらなかった。男は何者なのか、自分をどうするつもりなのか。それを考えると、不安で頭の中がいっぱいになった。 「ねぇ、何か言ってよ」 「黙っていろ」男の低い声。少年は、その声と男の目に見えないプレッシャーに体が震えた。男は普通の人とは違う、それを感じた。 「次は、8番街です。お降りの方はボタンを押してください」 そのとき、車内放送が流れる。 すると男は、後ろにあったボタンを押す。降りることを知らせるために押すボタンだ。 「次、降りるの?」少年は、うつむいたまま、男に聞いた。まだ少し体が震えている。 「何だ?」 「何でもない」少年は首を振った。何も聞かない方がいい。そう思った。
バスを降りると、そこはスラム街の入り口だった。 少年は、息を呑む。後ろではバスが走り去る。少年はそれを振り返る。しかし、バスにはもう戻れない。 「どうした?行くぞ」男はそう言って歩き出す。鎖を引っ張られ、少年もこける様にして歩き出す。 そっちへ行きたくない! 少年は心の中で叫び、男に逆らって足を止める。 前を歩く男が少年を振り返る。 「行きたくない!」少年は声に出して叫んだ。「そっちへ行きたくない」 男は、目を細めて少年を見つめる。怒っただろうか? 少年は男の手から鎖を引き抜こうとする。 行かない、行きたくない。 「来るんだ」 「嫌だ!」少年が叫ぶと、男が少年の前にやって来る。 少年は男の体にしがみついていた。 「君ねぇ…」男は、ため息をついた。 男はきっと、人間としての良心を完全に失っていない。少年はそう信じた。少年は男を見上げる。 「言うとおりにしなければ、痛い目を見るぞ」 「嫌だ」 「なら来るんだ」 「嫌だ、それなら殴られた方がいい。好きなだけ殴ればいい。だからお願い…もう少しだけでもいいから待って」 「ふぅむ…」男はそう言ったきりだった。
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