街から家までの帰り道に、ゆるやかな上り坂がある。私は昔からその道が嫌いだった。自転車を降りて押すには坂がゆるすぎるし、乗ったまま頑張るにはちょっと坂できついのだ。そしてその坂を登った先には、また傾斜の激しい上り坂が待っている。 その坂を走りながら私は良昭のことを思い出していた。 良昭のことが大好きだった。優しかったし、何より自分のことを好きでいてくれることがすごく心地よかった。結婚とかそういう言葉が簡単に言えたのも、生活費とか家事とかそういう難しいことを全く考えてなかったのだと思う。ただ一緒にいたい、とか一緒のベットで寝たい、とかそんなことだった。 大学の時に体験した恋愛とは明らかに違う。 子供だったんだな、と思う。 そんな恋愛を否定しているわけじゃない。ただ、それだけで恋愛はできないということが、最近やっとわかってきた。だから今、また良昭とつきあうとしたら違った感じでいけたかもしれない。 そんなことを考えながら坂を上り終わろうとしていた時、不意に見覚えのある4WDが目の前に停まった。運転席から里村が降りてくる。 「なんであんたがここにいるのよ」 私は自転車を降りて、そう言って彼を睨んだ。その車の後ろバンパーを里村がぶつけて、どっちが修理費を出すかでケンカして、一緒に住んでいたアパートを飛びだしたのが3日前のことだ。 「お前を迎えに来たんだよ。朝電話したんだけど」 苦笑いで里村は答える。私は自転車のハンドルを堅く握りしめて、どう答えようかと里村から目をそらせた。迎えに来た、という言葉が嬉しかった。 お客というのは里村のことだったのか。母さんたら、何も言わないんだもんな。 「いいから、乗れよ」 里村はそう言って近づいて、荷台に入れていたビニールを私によこすと、あっという間に私の自転車を手慣れた様子で車の屋根にくくりつけてしまった。 「お前が家を出てからやっとわかったことがある」 動きを止めて、張り終わったロープを見つめながら彼はこっちを見ずに言った。 「結婚しよう」 その言葉に、時間が止まったように感じる。里村は私を見た。 「もうケンカしてお前を失うかもとかいうことを、思いたくない」 今はもう高校生の私ではない。私も里村も仕事してるし、お金もそこそこ持っているし、生活するのにどれくらいお金がかかるかとかもわかるし、世の中の馬鹿馬鹿しさとか辛さとかをそれなりにわかってる。 だから私は真剣に返事を考えた。でも考えても出る答えはひとつしかなかったし、突然で困ったけどどうしようもなかった。 「わかった」 私はそれだけ呟いて、車に乗り込んだ。里村もほっとしたようで、にこにこ笑いながら乗り込んだ。 高校時代きつかった坂道も、今では車で簡単に過ぎてしまう。あまりにもあっけなさ過ぎて、少し切なかった。もうあの頃のように汗だくになりながら、帰り道に傾斜がついていることを恨んだりすることはない。その代わり、坂道を下る時のような爽快感もあまり味わえなくなってしまう。 「今まで言わなかったんだけどさ」 運転しながら里村が言うので、私は彼の顔を見た。里村はまっすぐ前を見ていたが、ちょっとだけ赤くなっていた。 「本当は、高校の時から麻子のこと好きだったんだ」 その告白に私はびっくりしたが、思わず笑って里村のひざの上に手を置いた。
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