このお店のママがいささか不機嫌な様子なのは このあたりに原因があると私は察していた。 彼女の言い分はこんな感じだ。 「この女、何でこの店に現れる時はいつもいつも若い男性と一緒なの?」 私が反対にこの店のママの立場だったらきっと面白くないし、 顔にもそれが出てしまうに決まっている。
この原田という男の子を私はいつも私は僕と呼んでいた。 この僕が毎回頼むのがカルボナーラとチョコレートパフェだった。 チョコパフェはいつもスプーンを二つもらい 二人で両方から突っついて食べる。 これが毎回、僕と私のここでのランチの定番だった。
周りの目が気にならない訳ではなかったが、とにかく二人で過ごしている時間は そんな周囲の目など、どうでもいい位私にはとても幸せな時間だった。
私は彼を自分の子供同然のように可愛がっていた というよりは、むしろ自分の子供以上に可愛がっていたかも知れない。 何しろ自分の子供のように反抗的な態度も口もきかなかったし、 それどころか、嬉しい言葉も沢山かけてもくれていたから。
僕は大学入学のため上京し、都内のマンションに一人暮らしをし、 生まれて初めてのアルバイト先で私と出会った。 自分の母親に年も近い私に、彼は他の人より話かけやすかったのだろう。 そして、その僕が私の元を去ってもう一ヶ月以上が過ぎていた。
「緒方さん?」私が僕のことを考えていたほんの少しの時間に 吉岡は私に何か話しかけてくれていたようだ 「あっごめんなさい。何か?」 「今日は何時までの勤務ですか?」 彼の質問よりも彼が私を呼ぶ 「緒方さん」という言い方が耳についてどうにもならなかった。 図々しいとは思いながらも、私は口にせずにはいられなくなり
「あの・・・初めてのお食事の席で こんな厚かましいお願いをしていいのかどうか分かりませんが・・・ 本当に申し訳ないんですけど、私の名前 下の名前で呼んでいただけないでしょうか?」 「えっ下の名前?まゆみさん?ですか・・・」 「はい!あの親しくなりたいとか変な意味はないんですけど、 ついこの間、私はちょっと辛い別れがあって その子が私を「緒方さん!緒方さん!!って呼んでいたので・・・ 吉岡さんに緒方さんって呼ばれると、その子に呼ばれている気がしてちょっと。。。」 「別れですか・・・」 「はい・・・」 「そうですか・・。分かりました。下の名前ですね。」 「わがままなこと言って申し訳ありません・・・ ところで、吉岡さんは何故このお仕事を?危険な事はありませんか?」 「はい!今の所。そういった事は1度もないです。」 「そうですか!それでも気をつけてくださいね。」
二人はいかにも、初めて会った男女という雰囲気で食事の時間を過ごし 再び店へと戻って行った。二人が店に入るのと同時に店から一人の青年が仕事を終え、店舗裏口から出てきた。
僕の同級生の木元だった。二人を目の前にして、その木元は一瞬立ち止まり、 二人に目が釘付けになったが、すぐにすれ違った。 店に戻った二人はそれぞれ自分の職場に戻って行った。
私は仕事の合間に今日のランチのお礼メールを送ろうと、文章を打ち始めた 「今日はランチに誘っていただいてありがとうございます。 1度ちゃんとお話したいと思っていたのでとても嬉しかったです。 今日で最後なのはとても残念ですが、次の店舗でもお仕事頑張ってください。」 このメールの送信ボタンを押すのとほぼ同時に吉岡の方からもメールが届いた。
「今日はランチに付き合って頂いてありがとうございました。 連れて行っていただいたお店はすごく美味しかったです。 また今度なにかの機会にお誘いしてもいいでしょうか?」 このメールに目を通した私は、この吉岡の気持ちを素直に喜ぶことができず、 嬉しい事だとは感じながらも、 自分が吉岡に気持ちを寄せるのは少し怖いと思った。 一方、夜学の学生木元は今日自分が見たことを 同級生の原田に話さずにはいられなかった。 「原田。お前がこの前まで働いていたところの緒方さん、 今日若い保安の人にランチ誘われて二人で昼休み出かけたんだぞ。!!」 彼は今朝自分の見た事と 昼に二人にすれ違ったことを同級生の原田に事細かく説明した。
この原田という学生こそ、私が辛い別れをした「僕」と呼んでいた子だった。 そして、木元から話を聞いた僕事原田は内心 「緒方さん。良かった。これで僕の事なんか気にもならなくなる。」 そう思う気持ちと、どこか心の片隅で何となくではあるが 自分の母親に再婚相手でも出来てしまったような少し寂しい気持ちも生まれていた。 それにしても納得の行かないのは木元だった。 彼は原田と緒方が仲が良かったのも 何となくではあったが知っていた。 ただでさえ、原田が緒方を慕う気持ちが理解できなかったうえに 今度は保安の男性が緒方とランチに・・・ 木元の頭では到底理解不能な出来事だった。
その日の大学の授業が終わると、帰りの道で木元は原田を呼び止めた。 「おい!何で皆あの人なんだ?」 「何の話?」 突然な話の切り口に原田は何の事を木元は言っているのか理解できなかった。
「あ〜〜ごめん!あの緒方っていう人の事だよ。 お前もあの人と仲が良かったみたいだし、 あの保安の人もあの緒方っていう人に何で声をかけたんだろう」 木元は今日一日この事が頭を離れなかったのだった。 「あの人が素敵な人だからじゃない?」 「素敵って、あの人いくつだよ!自分の親位の年だろう? それにそんなに、凄い美人って訳でもないじゃん!」 彼はどうしてもふに落ちない様子った。 「お前も付き合ってみればわかるよ。凄い人だよあの人。」 「凄い人???」木元は益々訳が分からなくなった。 「なら、俺がランチに誘っても行くかな?」 木元は原田の付き合ってみれば分かるという言葉を間に受けて まゆみと付き合ってみようと思ったのだった。 「無理なんじゃないの!!多分断られるよ!」原田は即答だった。 「何でだよ?」 木元はまゆみは若い男なら誰とでも誘われれば行く女だと思っていたのだ。
原田が無理だと言ったが、彼は今度絶対に声をかけるとこの時点で決めたのだった。 それから何日もしないうちにそのチャンスが木元に訪れた。 木元が仕事を終えて帰る時と、まゆみがお昼休憩で店を出る時間が 偶然一緒になったのだった。木元はこの時とばかりにまゆみに駆け寄り声をかけた。「お疲れ様です」 「あっお疲れ様!」 「今から昼休憩ですか?」 「えっえぇ。木元さんは上がる時間?」 「えっ何で僕の名前?」 「名前は仕事柄誰にお世話になるかわからないから、なるべく覚えるようにしてるし、それに木元さんは原田君の同級生だって彼から聞いてたから。」 木元は原田の言っていた「凄い人」の意味がほんの少しだけ理解できた。
「あの、僕これから昼飯なんですけど一緒にランチしてもらえませんか?」 木元は絶対まゆみが断らないと信じて勢いよく誘ってみた。
しかし、返ってきた返事は自分の中で想像することすら出来なかった言葉だった。 「えっ私と木元さんで?」 「はい、是非。」 「誘ってもらえたのは嬉しいんだけど、悪いけど木元さんとは 多分永遠に食事をすることは無理だと思う。」 木元は耳を疑った。永遠って・・・
この先何度誘っても断るってこと?木元は納得がいかず 「永遠ってどういう意味ですか?」と聞き返した。 まゆみは少し微笑みを浮かべながらこう答えた。 「だって木元さんはこの間まで私の元で働いていた原田君と同級生なんでしょ?」 「そうですけど、それが何か?」 「彼が辞めた事、今でも皆すごく寂しいと思ってる。私は特に自分の子供とも年が近かったし話も良くしたから、今もまだすごく寂しいんだよね。だから」 「だから?だからそれが僕とどう繋がるんですか?」 木元はまだ納得がいかないのかまゆみに食いついてきた。
「木元さんと話をしていると、原田君を思い出して寂しくなるし、それに、今、やっと彼が辞めた現実を受け止められるようになってきたところだから・・・ だからあなたと話すとあなたを見ていながらも 彼は元気でちゃんとやってるのかとか 思い出して辛くなるし、あなたを見ているようで あなたの後に原田君が見えてしまうから。あなたもそんなのは嫌でしょ?」
そんな答えが返ってくるなんて全く予想もしていなかった木元は 返す言葉に詰まってしまった。 僕を見ているようで、実は目に見えないあいつの姿を・・・ 声の出ない木元にまゆみは 「じゃあ。お疲れ様!」 そう言い残すと、自転車に乗り、その場を後にした。 残された木元は、原田の言った 「無理!」というのはこういうことだったのかと初めて理解できた。
それにしても、原田は断る理由もこういうことだと分かっていたのか。 だとしたらこの二人は一体どんな付き合い方をしていたんだろうか。 ただの仕事仲間でそこまでお互いを理解出来るのだろうか? 木元にはもう何が何だかわからなくなり 一種方針状態に近いまま家路についた。
夕方からの授業が終わり木元は今日はまだ顔を見ていない原田を探した。 「原田見なかった?」 行きかう友人達に原田の居場所を尋ねて歩き、 やっと原田の姿を見つけたのは原田が正門を出て行く時だった。 木元は慌てて、原田の後を追いかけた。 「原田!!」木元は信号待ちをしていた彼にかなり離れた所から大声で 彼の名を呼んだ。 ここで信号を先に渡られてしまったら又引き離されてしまう。 原田は突然名前を呼ばれたことに驚いて振り返ると、 少し遠い所からこちらに向かって走ってくる人影が見えたが、 それが誰なのかまではわからなかった。
「あ〜良かった。信号渡る前に追いついた。」 「何だ。木元か。誰かと思ってビックリしたよ」 木元はかなりの距離を走って来たせいでかなりしんどそうだった。 「ちょっとこの後、時間いいか?」
木元は自分がどこかに座りたいという気持ちもあってそう原田に尋ねた。 「別にいいけど、何?」 「ちょっと・・・あそこの店に入ろう。」 二人は近くの店に入り腰を下ろした。 「で、何の用?」 原田は木元とに尋ねた。 木元は今日まゆみをランチに誘ったことを原田に話した。 原田は店に響きわたるような大きな声で 「え〜〜〜本当?ほんとに誘ったの?」 「おい!声がでかい!!」 「あっごめん!あんまり驚いちゃったから・・・でっどうだった?」 「お前の言うとおり、あっさり断られた」 「そうなんだ」原田はこの木元の答えにはさして驚くことはなかった。 多分緒方さんは断るとそう思っていたからだ。 「断られた理由お前分かる?」 木元は原田に理由が分かるか試しに聞いてみた。 原田はたいして深く考える様子もなく 「僕と友達だからじゃないの?」 「えっ何でそんな事お前が分かるの?」 「何でって・・・そう思ったから・・・」 「あの人とお前どういう付き合いしてたの?」 「どういうって、上司と部下だけど・・・」 原田はどんな付き合いかを正直には答えることが出来ず、無難な答えを返した。 「唯の上司と部下の付き合いとは思えない。だってあの人は俺を見るとお前を思い出して辛いって。お前はあの人がどう答えるのか分かってたみたいだし、とても唯の上司と部下とは思えないんだけど・・・。」 そう言う木元に対して原田はだからと言ってすべてを話すことは出来なかった。 木元の方も何だかすっきりしない様子ではあったが、 二人は暫くして店を出てお互いの家路についた。 帰りの道で一人になった原田は緒方がまだ自分の事を完全に消去していない事に 何となく嬉しいようなまだ、自分を思ってくれているその気持ちが 妙に重たくも感じていた。
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