一方豊田に一日も早く話しをした方がいいと言われた吉岡は 今夜こそ深雪に自分の今の気持ちを伝える決心を胸にしっかりと秘め家路を急いだ。
玄関を開けると何やら良い匂いがキッチンの方から漂ってきた。 「お帰りなさい。良かった今日は早かったんだ。 もうすぐ夕飯できるから着替えて待ってて!」 「あぁ・・」これでは本当に新婚生活のようだと吉岡は感じた。 このままで良い訳が無い吉岡は着替えを済ませると食卓のいすに腰を下ろし深雪が現れるのを待った。 「お待たせ。」 「食事の前に深雪に話がある。ちょっとそこに座って」 「え〜後じゃだめなの?出来立てを食べてもらいたいのに」 「・・・・そうか・・・なら食事の後で」 「じゃあ今用意するね」 小さい頃からいつもこうやって深雪のペースに巻きこまれてしまって、結局言いたい事の半分も言えずに事が済んでしまうのだった。 今回も結局深雪の言いなりのような自分を恥じた。 だが、吉岡にはもう一つ話しは食後の方がいいかと思っていたのも事実だった。 前回まゆみとの食事の寸前で深雪が現れまゆみは空腹のまま夜道をさ迷ってしまった。 今回も話し次第では深雪が家を飛び出てしまうかもしれない。 そんな事も考え腹には何か入っていた方がいい。 そんな変な余裕とも、言えるような心使いまで頭に浮かんだのだった。
深雪は自分で作ったビーフシチューを吉岡に食べてもらえるのが嬉しいのか、 いつも以上にハイテンションで吉岡に話しかけていた。 「深雪、お兄ちゃんに美味しいもの食べさせてあげたいから、向こうで1年も料理学校通ってたんだよ。偉いでしょう?ねっこのシチューも美味しくできたでしょう?」 「んん・・・そうだな、よくできてる・・」 何だか素っ気無い返事が返ってきた深雪はいささかお冠のようだったが、吉岡はこれから話すことのプレッシャーにお料理教室まで通っていた事がプラスされてしまい益々気が重くなっていた。 食事を済ませた二人の前には深雪が買って置いたのかワインが注がれていた。
「深雪・・・」 ワインを口に運びながら 「なに?」深雪が吉岡を見つめた 「俺、お前と結婚はできないよ」 「うんいいよ。分かってる」 「えっ!」あまりにあっさりした返事に吉岡は逆に戸惑った。 「私だってその位分かってるよ。お兄ちゃん今仕事大事な時期なんでしょう?」 「あぁそうだな。大事な時期だし」 「深雪待ってるもん。今までだってず〜と待ってたんだからこの先何年か待つ事なんか全然平気!それに今までは北海道と東京で離れてたけど今は私も東京にいるんだし、こんなに近くで待てるんだから大丈夫。何年でもお兄ちゃんの気の済むまで待ってるから。それに深雪まだ22だし5年待ったってまだ27だしまだまだ全然若いもん!!」 「若い・・・・確かに5年後が27は若いな」 吉岡は苦笑いを浮かべた。一瞬まゆみの年齢が頭を過ぎったからだ。 5年後は50か・・・
吉岡は気を取り直しさらに話しを続けた。 「いや!待たなくていいっていうか待ってもらっても困るんだ。 5年待っても10年待っても結果は同じだから」 「それってどういうこと?もう少し分かりやすく喋ってよ!」 業とお茶を濁すような話し方で分かってもらおうと思った吉岡の考えは甘かったようだ この深雪には何でも単刀直入に話さないと通じない事など昔から分かっていた事なのに 「じゃあ単刀直入に話すから最後までちゃんと聞いて欲しい」 「うん。分かった」 「今の俺には確かに仕事も大事だしもっともっと上を目指して働きたいと思ってるのは事実だけど、今の俺には仕事も手につかないくらい好きになった人がいる・・・・ だから今すぐ深雪との結婚は考えられないし、この先も多分考えられないと思うだから北海道に・・・」 「その人と結婚するから深雪には北海道に帰れって事?」 深雪は吉岡の言葉を最後まで聞かずに言い返してきた 「いや、その人との結婚は今のところ考えられないっていうか俺の完全な片思いみたいなものだから・・・」 「え〜〜お兄ちゃんが片思いなんて信じられない。お兄ちゃんが好きっって言えばたいてい両想いになってたじゃない。その人お兄ちゃんに思われてるのにお兄ちゃんの事好きになってないの?」 「あのなぁ深雪!全部が全部自分が好きになった人が自分を好きになってくれるとは限んないんだぞ。その位わかるだろ」 「そんな事分かってるけど・・・私がどんなにお兄ちゃんの事好きでもお兄ちゃんは私の事好きになってくれないって事でしょう?」 「深雪の事はは小さい頃から知ってて恋愛対象には考えられないんだ。ごめんな」 「私は恋愛対象に考えられる・・・」 「ごめん、今の俺にはその人の事しか考えられないんだ。とにかく結婚とか言う事ではないけどその人と少しでも一緒にいたい。それだけなんだ」 「結婚が考えられないってまさかお兄ちゃん不倫なの?」 「えっ・・・」吉岡の顔に一瞬緊張が走った。 その表情を見過ごさなかった深雪は 「え〜お兄ちゃん不倫してるの?そんなのだめだよ!絶対にだめ!! 深雪それならずっとここにいる。お兄ちゃんの事諦めないし、その人との事思いっきり 邪魔して、相手の旦那様にも貴方の奥さん不倫してますって言う!!」 「深雪!俺は不倫なんかしてない。話を勝手に作るな!」 「ほんとに?ほんとに不倫じゃないの?」 [あぁ・・不倫なんかしてないよ] 「じゃぁどんな人?」 吉岡が思っていた通り深雪は相手の女性に対して質問し始めた。 「どんなって・・・素敵な人だよ。今まで会った事無いような人」 「ふ〜〜〜ん。綺麗な人?年は幾つ位?」 「もうこれ以上は答えないよ。俺の片思いだし相手に迷惑がかかると 片思いすらさせてもらえなくなりそうだからな」 「その人年上なんだ・・・」 「えっ何でそんな事?」 「当った・・・お兄ちゃんて正直だからすぐ顔に出ちゃうね。 今の話し方で何となく年上の人って感じがしたから・・・」 「とにかくそういうことだから、深雪お前はここを出て家に帰れ!!」 今までケロッとした顔で吉岡の話しを聞いていた深雪は突然大泣きを始めた。 慌てたのは吉岡の方だった。このまま順調に話が進んで事はうまく進むように思えていたからだった。 「無理!今更北海道になんて帰れない!だって私出てくる時、周りの皆にお兄ちゃんのお嫁さんになるからって言って出て来たんだもん。今更どんな顔して帰れって言うの? 無理だよ、深雪にはそんな勇気ないもん!」 そんなこと言われても俺の方だって困る。と内心では思ったが口には出来ず、 しばし二人の時間は深雪の泣き声だけで過ぎていった。
口を開いたのは深雪だった。 「確かめる!」 「えっ確かめるって一体何を確かめるんだ?」 「私その人に直接会って確かめてみる。で、このままこの先もお兄ちゃんの恋が片思いのままだと思ったら私お兄ちゃんが私を好きになってくれるまでここにいて頑張る!! でも、もしお兄ちゃんが結婚できる可能性がその人の中にあるなら諦めてここを出て行く」 とんでもない結論を出してしまった深雪に吉岡は 「そんなこと無理に決まってるだろう?その人に聞くのか?この先俺を好きになってくれますか?って。可能性はないって言われたらその時点で俺はどうするんだよ!」 「私がいる!私がお兄ちゃんと結婚する。」 「あのな、深雪!人間なんてこっちがだめならすぐにこっちって言うわけにはいかないよ、待ってもらっても、時間を無駄に過ごすだけだよ。とにかく、今はその人のことだけ考えたいんだ。お前とこうしてここに一緒にいつまでも暮らしているわけにはいかないよ。家に帰れないなら東京で住むとこ探して、きちんと職も探さないと・・・」 自分の中にあった全ての気持ちをやっと深雪に吐き出せた事に吉岡は内心幾らかホッとしていた。
深雪はこの先一体どうしたらいいのか考えただけで全身が恐怖に包まれた。 右も左も分からない大都会に一人で放り出される自分の惨めな姿に涙が溢れて止まらなかった。涙でぐしゃぐしゃになりながら深雪は尋ねた 「深雪はいつまでここに居ていいの?いつ出て行けばいいの?」 深雪の涙ながらに上目使いに話すその姿に吉岡は胸が痛んだが、ここで全てを受け入れてしまったら、きっとこのままズルズルと引き伸ばしになってしまう。 そんな気がした吉岡は今月一杯に住むとこと職を探そう。俺も協力するからと告げた。 「分かった・・・」深雪は泣きながら寝室に駆け込みのドアをものすごい勢いで閉めた。 「これでいいんだ。終わった・・・」吉岡も辛かった。小さい頃からお互いよく知っている仲だっただけに、確かに幾ら幼いとは言え、深雪をその気にさせたのは自分にも責任がある。 でも・・・だからと言って今の自分は深雪の気持ちを受け入れる事はできない
原田・まゆみ・吉岡・深雪のこの4人は全くの直線関係という事なのだろうか? 三角関係という言葉は巷ではよく聞く言葉だが、 この4人に関しては誰一人として愛しあっている人間がいない。 全てがそれぞれの人間に愛を注いでいる。 そして、誰のスペースも愛している人がそのスペースに存在せず 空っぽの状態のままだった。
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