原田との出会いからのこんな事を思い出しながら いつものように自転車を会社の駐輪場へと止め、急いで仕事場へ向った。 この日、まゆみも吉岡もそして原田も それぞれの思いを抱きながら一日を過ごしていた。
吉岡は最近少し荒れていた。合コンや飲み会など目もくれなかった吉岡だったが、 まゆみと会わなくなってから合コンという合コンや 誘われればどんな場所にでも顔を出しては大して飲めないお酒を無理して飲むようになっていた。
初めはさして気にも留めていなかった周りの人間も吉岡のそんな変化に流石に気をもむようになった。しかし誰が何を聞いても、吉岡は自分の心の内を話す事はなかった。 彼の心の中では、19歳の少年に自分が負けた・・・ そんな気がして悔しかったのと、彼の男としてのプライドもそれを許さなかった。 そんな思いを誰かに話したところでどうにもならない。 そんな思いも強く心の中にはあった。
吉岡の万引き犯に対する言動も日に日に厳しくなっていった。 まるで、何かに取り付かれているかのような険しい表情で警備にあたっていた。 そんなある日、吉岡は上司に呼ばれた。 「吉岡君、店舗の方から苦情が寄せられてるんだけど、 最近ちょっと様子がおかしいって」 「・・・・・」 何も答えない吉岡に上司は更に続けてこう言った。 「周りの仲間からも目つきが厳しすぎてあれではいかにも自分は保安だと言って歩いているみたいだって声が上がってきてるけど何かあったのかね?」 「すいません。これから気をつけます。」 吉岡は、それだけ言うと上司に頭を下げすぐに部屋を出て行ってしまった。 自分の中でまゆみに対しての思いに決着がついていないからだ。
今までだって恋愛も交際もそれなりにしてきた。 今だって何とか気持ちに整理をつけて又新しい人を探そうという気持ちでいるのに・・・ そう思えば思うほど自分の感情にコントロールが効かない。
吉岡の中にも又まゆみのスペースが出来上がってしまっていたのだ。 そのスペースを彼も必死に他の女性や酒、仕事で埋めようとしていたのだが やはりそれが出来ず苦しんでいたのだ。
人は誰でも心の中に愛する人のスペースが出来る そのスペースに愛する人が存在している時は そのスペースの存在すら自分でも気付かなかったりする しかし、そのスペースにその愛する人が居なくなった時 初めて自分の心の中にその人のスペースが存在していた事に気付く 空いてしまった空のスペースの存在が 自分では余りに虚しくそしてその寂しさと孤独に耐え切れず 人はそのスペースを何とか別の人や仕事、時には酒といった物で必死にその空間を 埋めてしまおうともがく・・・・・ もがいても、もがいても決して埋める事などできはしないのに・・・・ その事に自分で気付くまでその行動は永遠と続く・・・
まゆみも原田も空いてしまったスペースを埋める事ができないと分かったその日から 二人はスペースに蓋をしたのだった。
吉岡は未だ蓋をする事が出来ずに苦しんでいた。 このままでは自分はだめになる! 仕事にも影響が出始めた・・・ この心の動揺を何とかしなければ・・・ そう考えた吉岡は唯一親友と呼べる豊田晃を仕事が終わった後飲みに誘うことにした。 そこで豊田にまゆみとの事を全て話すことを決心した。
吉岡からまゆみとの今まで全ての話を聞かされた豊田は まゆみの年齢を聞いて驚かずにはいられなかった。 「何もそんな年上の女に本気で入れこむ事はない」そう言わずにはいられなかった。 吉岡にしてもそういうことは必ず言われるだろうと覚悟はしていた。 吉岡は何故まゆみを愛してしまったのか自分でも良く分かっていなかった。 友人の豊田に言えたのは 「彼女は凄い人なんだよ。どんな話しをしても知識が深くってほんとに楽しいんだ」 「知識が深い?」 「例えばスポーツなら野球でもサッカーでも、バレーでもバスケでもラグビーでも格闘技もだ。モータースポーツにしても詳しいんだよ、音楽もそれに政治や経済も何もかも、俺が話す話に何でも合わせてくれて決してつまらなそうな顔もしないし、とにかく話してて飽きる事が無い。それに。自分が何かする前にさっと彼女がやってくれたりとにかく楽しいし楽だし、何だかすっぽり包まれててさ自分を飾ることも無いし構える必要も無い。全くの自然体でいられて、すごく居心地がいいんだよな。」、 何だか銀座のホステスの話しでも聞いてるようだな。 お前それにしてもマザコンだったけ?」 豊田は少し茶化してそう言った。
吉岡はまゆみと過ごした楽しかった時間を思い出しながら久しぶりに 心が温かくなる思いで尚も話し続けた。 そんな様子を見ていた豊田は 「でも、お前のそんな幸せそうな顔初めて見た気がするな・・・ お前がそこまで言うんなら俺に何か出来る事があれば協力するけど。」 「いや!何かしてもらいたくて話してるんじゃないよ。ただ・・・・」 「ただ?」 「忘れようとしてるんだけど、どうしても忘れられないんだ。会いたいって言う気持ちも必死に抑えてるんだけど抑えきれないんだ。 俺はあの人に逢いに行ってもいいかな?だめかな?」 「だめって事はないんだろうけど・・・お前が今以上に傷つくんじゃないか?」 「・・・・そうかもしれないな・・・」 「それでも行くのか?何度挑戦してもその若い子に敵わないじゃないのか? 同じことを言われるだけかもよ!」 「・・・・うん・・・」 今度もまゆみに自分の思いを伝えたからといってまゆみが自分の気持ちを受け入れるとは自分でも思っていない・・・ それでも会いたい、話がしたい顔が見たいという自分の欲望を抑えられないのも事実だった 「愛してくれって言ってるんじゃないんだ。 時々会って話がしたい顔が見たい。それだけでいいんだ。それもだめかな?」 「それで自分は満足できるのか?愛してもらいたいって思うんじゃないのか?」 「そうかもしれない・・・でもそれをあの人に要求したら、また会う事すら出来なくなると思えば我慢するしかないんだよな・・・」。 「辛いんじゃないのか?そういうの?」 「だよな・・でも今だって結構辛いんだから、ならまだ会って顔を見て話ができた方がましな気もする・・・何年か付き合えば彼女の気持ちにも変化が起こるかもしれないし・・・」 「え〜〜何年って相手50とかになっちゃうんじゃないのか?」 「アハハハそっか!でも彼女全く実年齢に見えないから、大丈夫だよ」 「そういう問題か?でも、お前がそこまで惚れるなんて 一体どんな人か俺も会ってみたい気がしてきたな。 それにしても恋愛ってさ、惚れた方の負けって事だよな?」 「どういう意味だ?」 「より惚れている方が相手の全てを許さないといけなくなるんだよ。相手の言うなりっていうのかな、今回だってお前の方が惚れてんだから、お前が全てをこらえるしかないんだよ。それが辛かったら離れるしかないって事。例え辛くても離れる辛さに比べたら我慢するしかなくなる。いつも別れと我慢を天秤にかけてるって感じだよな・・・・ 「結局惚れてる方が負けってことなんだな・・・・」吉岡がつぶやくように言った。 「でもお前がそんなに言うほどの人ならほんとに一度会ってみたい気もするな」 「だめだな!きっとお前も惚れるから」 「え〜〜〜まさか・・。だって45だろ?あり得ない!絶対あり得ない」 「アハハハハ!」 吉岡は久しぶりに声を上げて笑った気がした。 そして、吉岡は決心していた。 再びまゆみに会いに行こうと・・・・
吉岡がそんな思いでいることなど全く予想もしていないまゆみは、毎日目の前の仕事に追われながら、日々忙しく動き回っていた。 そんな慌しい日々の中でもやはり、原田の事は毎日何回か頭の中をかすめていた。
一方豊田に自分の気持ちを話してから、吉岡は気持ちが幾らか楽になったのか いつものように爽やかな表情に戻っていた。 そして、まゆみに会いに行く日をいつにするか考えていた。 その日が彼に訪れたのはそれから何日も後ではなかった。
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