原田の目にはただ強いだけだと映っていたまゆみが 本当は心に深い傷を持っていると知った彼は 自分が、彼女に裏切られた事や自分に対する家族の態度 自分が何故東京に出てきたのかなど、今まで誰にも話さなかった心の内を 少しずつ少しずつまゆみに話すようになっていった。
まゆみの元に来た頃の原田は、生きる事の意味さえ失っていた このまま死んでも誰も悲しまない! 自分の存在などこの世にはいらない・・・・ そんな言葉を原田から聴かされるたび まゆみは彼からどんどん目が離せなくなっていった。
特に彼女の事は原田の心を大きく引き裂き、 彼の精神を混乱に陥れ、明るかった彼の性格を崩壊させた。 それだけの思いをしたにも関わらず 今でも裏切られた想いとは裏腹に、まだ、彼女を愛し続けている事 そして、いつかほとぼりが冷めたら 必ず自分を追いかけてきてくれると何処か心の片隅で信じている事 それが今の自分をかろうじて支えてくれているのだと・・・・ 彼はそんな自分自身の矛盾とも戦っていたのだった。
それは、彼の心の中の彼女のスペースにまだ彼女が存在しているから・・・・ その、スペースは他の誰かでは決して埋める事のできない彼女のためだけのスペース! 例え彼がこの先誰かを愛したとしてもそれは又新たに別なスペースが出来るだけ! 別れた彼女のスペースは一生彼の心の中でその彼女のもの。
原田はまゆみに話せば話すほど、過去の記憶に覆い尽くされ 消し去ろうとしていた過去をもっともっと 逆に引きづり出していってしまったのだった。
人は必ずしも自分の身に起きた辛い事を誰かに話せば楽になると言うものでもない もちろん愚痴や文句などは吐き出してしまえばすっきりして 楽になってしまうこともあるが、忘れようとしていた辛い過去は話せば話すほど その過去が再び自分の辛い記憶を呼び覚まし 逆に自分を追い詰めてしまう事もあるのだ。
それはまゆみにとっても同じ事だった。 もう終わった過去の事だったはずなのに・・・・ 彼の話しを聞くたび、自分の辿って来た苦しみの道のりを原田に自分もそうだったと話して聞かせていた。だがそのうちに自分もその過去に覆いつくされ 再び辛かった日々を呼び起こしてしまい、分かれた旦那が度々夢にまで現れ その夢で魘されるほど現実のまゆみまでをも追い込んでいった。
そんなある日、原田の口から『もう・・・死いたい』と言う言葉が出た事があった。 彼の様子からこの子は今目を離したら 本当に車道にでも飛び出してしまうかもしれない・・・・ まゆみを寒気と鳥肌が同時に襲った。 そんな彼に対してまゆみの口からは 「そんなに死にたいなら死ねばいいじゃん!!その代わり私も、バイクのアクセル全快で車に突っ込むからね!!僕は私の命も一緒に連れて行く気があるなら死ねばいいじゃない!」とかなり激しい口調で言った。 まゆみにしてみれば、何とか思いとどまって欲しいという思いと、 自分がこう言えば絶対に彼は死なないと信じたかったからだ。 その時は多少お酒が入っていたとはいえ、 こんな激しい内容の会話が取り交わされ、 周りの席の人達のざわめきは一瞬静寂に変わり 周囲の人達の耳は一斉にダンボの耳状態に変化していた。
そんなまゆみは彼を心配悪する余り、いつしか彼の表情や話し方一つで彼の状態が読み取れる位彼に対して敏感になっていた。
ある晩彼は夜中一人部屋で居るのが辛くなり家を出た。 行くあてなどなかった原田は一晩中夜の都会をさ迷い歩いた事があった。 そういう晩のまゆみは突然夜中に目が覚め 『僕が家に居ない・・・』そう感じるのだった
原田が彼女と楽しかった頃の昔の事を思い出し一人布団の中で泣いていた夜は まゆみも中々眠りにつけなかった・・・ こういう不安が過ぎる時は、例え夜中だろうと朝方だろうと 「僕!大丈夫?」というメールを送っていた。
こんな時間を二人は過ごしている内に、 お互い気付いたのだった。 お互いの辛い過去を穿り返しても何も得るものも未来もないということを・・・・ 二人は一緒に過去に蓋をした。 この先誰にもお互い過去の事は話さないと・・・・
二人にとってはとても辛い何ヶ月が過ぎた頃、原田にやっと、彼本来の明るさと、元気を取り戻していった。そして最後にやっと二人で笑って外を歩けるようにまでなった。 元気になった原田は、事あるごとにまゆみに感謝の言葉を送っていた。 「辛かったけど、全て吐き出せたから自分は昔の自分に戻れたと思う。そのために緒方さんがどれだけ大変だったか自分は良く分かってます。だから緒方さんの思いを決して無駄にしないようにこれからは自分らしく生きていきます!」と そう言葉を残して原田は新たな自分の夢を見つけるため、 そして東京で出来る事をもっと探してみたいと言ってまゆみの元を去っていった。
この時から、まゆみの心の中にも、原田スペースができた。 原田が辞めた後もまゆみは原田の事が心配で心配で気になって仕方がなかった まゆみは事あるごとに、ランチに誘ったり夕飯に誘っていたが、 原田の様子が段々変化していくのが分かった。 この子はもう一人で歩きたいんだ。 私といると辛かったことを思い出してしまうのかもしれない・・・ 彼の態度からそんな事を察したまゆみは その後の連絡を取らなかったのはそんな理由からだった。
そんな時、まゆみの前に現れたのが保安の吉岡だった。 まゆみは自分の中にぽっかり開いてしまった原田のスペースを この吉岡で埋めてしまいたかった。 でもやはり、それは彼とどんなに楽しい時間を一緒に過ごしても 無理なことなのだと会うたびに思い知らされていった。
まゆみの中にある僕のスペースもやはり、誰かが埋められるものではなかった。 そしてそんなまゆみのあさはかな考えが吉岡を苦めてしまったのだった。
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