良かった〜〜〜誰かが飛び込んだ形跡はない。じゃあ緒方さんは?一体どこ? 原田がそう思った時、線路沿いの公園の方から ブランコの揺れる音がかすかだが聞こえて来た。 公園だ!緒方さんはあの公園にいる・・・ 原田は公園に急いだ。さっきまで聞こえていたブランコの音はもう聞こえなかったが、 ベンチに腰を下ろし、後ろ姿からでも泣いていると分かるまゆみにどう声をかけていいか分からなかった原田は、公園の入口でたたずんだまま、尚も考えた。
緒方さん・・・何であの保安の人と付き合うようになったんだろう・・・ そんなに軽はずみな事する人じゃないのに・・・何で・・・
あっ!もしかして・・・俺?・・・俺が原因? 俺と会わなくなって寂しかったとかまさか・・・ でも今自分が思いついた事はきっと当っている。 原田はこの時、妙な自信すら感じていた。
そんな原田は公園の段差に腰を下ろし、 まゆみに何かあったらすぐに飛び出して行こうと決めていた。 まゆみはどの位そこにいたのか自分でもよく分からない位時間は経ち、 気持ちも随分と落ちつき、公園を出ようと出入り口に向った。
その時、誰かが出入り口の段差の所に座っているのが目に入った。 誰だろう・・・こんな時間にこんな所に。 目を合わせないように通り過ぎよう・・・と思いつつもついチラッと座っている人に目をやりまゆみは飛び上がるほど驚いた。 原田ではないか!!当の原田も緒方さんに何かあったら飛び出すぞと気負っていたわりには、寝不足がたたっていたのか 腰を下ろし程なく眠り込んでしまっていたのだった。
驚いたまゆみは原田の前にしゃがみ込み、頬にそっと手をあて声をかけた。 「僕!僕!どうしたの?こんな時間にこんな所で。それにこんな所で寝たら 風邪・・・・うそ!もう熱出てるじゃない!!いつからこんなとこにいたの?!」 「あっ緒方さん。良かった。・・・緒方さん大丈夫?・・・」 熱で薄れ行く意識の中で原田は緒方を気遣った。 「まさか私が中に居る事を知っててここにずっといてくれたの?」 「緒方さん、僕の前を泣きながら横切ったから・・・」 「えっ私が僕の前を横切った?それでまさか心配して追いかけて来てくれたの?」 「はい・・・」 「ごめん・・・さっ僕、早くお家に帰ろう」
まゆみは抱きかかえるように原田を公園近くの彼の部屋に運び込んだ。 原田のマンションはオートロックだったが、まゆみは何度も彼の家に手料理や美味しいものを見つけるとせっせと運んでいた事もあり、 オートロックの解除の番号も知っていた。
だが彼が退職してからというもの、ここへは一度も訪れていない。 まさか久々の再会がこんな形になるなんて・・・ まゆみはそんな事を考えながら原田から部屋の鍵を受け取り、 彼を部屋の中へと運び込んだ。
部屋は以外と綺麗に片付いていた。 まゆみはクローゼットから布団を引っ張り出し、引き始めた。 それに気が付いた原田は慌てて 「緒方さん、そこまでしてもらわなくても僕大丈夫ですから・・・後は自分で・・」 原田はそう言うと床を這いながら布団に転がり込んだ。 「はいはい!嫌なんでしょわかってる。でも、もうちょっと、今おでこに貼る熱の下げるの買ってくるから。僕は前に私があげた体温計で私が戻るまでに熱を測っておきなさい。僕!体温計はどこ?」 まゆみがそう言うと、原田は引き出しを指差した。 まゆみは体温計を原田に手渡すと、自分は急いでバックから財布だけを取り出しマンションの部屋を飛び出して行った。 残された原田はまゆみに言われた通り体温計を脇の下に挟むと意識が遠のいて行くのを感じた。
それからどの位経ったのか、 残されたまゆみのバックから携帯の着信音が聞こえてきた。 帰りが遅いと思った緒方さんの子供さんからかな・・・ 原田はまゆみのバックの中の携帯を引っ張り出し、誰からのメールかを確認してみた。 それはさっきまでまゆみと一緒にいた吉岡からのメールだった。 原田がそのメールを見てしまおうかどうしようか迷っていた時だった。 玄関の開く音がしてまゆみが部屋に入って来た。
原田の枕元に自分の携帯が置かれてるのに気が付いたまゆみは原田に 「どうしたの、私の携帯が鳴って僕の事起こしちゃった?」 「えっいえ。別に起こされてはいないけど・・鳴ってました。」 「そう。でも、今は僕の方が先だから。熱何度だった?」 「あっまだ見てない。そのまま寝ちゃったんだ。」 原田はかなり暖まった体温計を脇から出してきた。 「えっあれからずっと挟んだまま?大丈夫かな?合ってるのかなこれ?」 「もう一度やり直す?」 原田はそう言うと、もう一度脇に体温計を挟んだ。そして、 「緒方さんメール見なくていいの?」 「えっメール?いいよ!急用じゃないでしょ それよりはい!これおでこに貼るからね! それと首筋!それと内腿!」 「内腿?何でそんなとこ?」 「体温を下げるには太い血管を冷やすのが一番なの! おでこは気休めなんだよ!判ったらはい内腿に貼るから」 「自分でやりますから」 「はいはい!自分でね」 そんな会話をしている内に 「ピピ」っと体音計が鳴った。 「はい!体温計出して」 原田は再び脇から体温計を取り出すとまゆみに渡した。 受け取った体温計を見てまゆみは驚いた。 「えっ!やだ!僕!39度超えてるよ!え〜大丈夫?」 「大丈夫です。緒方さんはもう遅いから帰る支度してください。」 この辺が原田の甘えのないところで、 まゆみはいつも逆に放って置けなくなるところだった。 「僕!馬鹿じゃないの?そんな事言われて はいそうですかって帰れるわけないでしょう? 私がそんな事できないの分かっててそう言う事言わないの!」 「でもお子さん達心配してますから。」 「あっ!それは確かにそうだよね。すぐに娘にメールするから。 だから僕はゆっくり寝てなさい」 「いいんですか?僕なら本当に大丈夫ですから」 「いいから早く寝なさい」
まゆみは玄関の方に向かい娘に 「会社の人がちょっと具合悪くて付き添って様子を見てる。気にしないで先に寝てて」今の事態を正直には伝えられずに用件だけで送った。
子供達にはこの僕の事は何も話さずに今の今まで何とかやってきた。 特に、僕の年に近い自分の息子には絶対に話せる事ではなかった。 娘にしても同様だった。年頃の娘にはまだ彼氏がいない。 そんな中、母親が若い男の子と街中を二人で楽しげに歩いている事を知ってしまったらどんな事になるか、想像しただけでも恐ろしい事だったが、 私にはその恐怖を分かっていながらも僕から中々離れられずにいたのだった。
娘にメールを送った後、さっき届いた吉岡のメールにも目を通した。 吉岡のメールはメールも何だかいかにも酔った人の口調という文章で さっきの交差点での出来事をメールで誤ってきていた。 特に急いで返事をしなくてもいいと判断したまゆみはそのままにした。
まゆみは原田が起きないように静かにべランダに行き、出し放しになっていた彼の洗濯物を取り込み、たたんでいた時、原田が熱で、すごい寝汗をかいていることに気が付いた。 このままでは汗で余計に風邪をひいてしまう・・・ そう思い、着替えをさせるため、体の汗を拭き新しいTシャツに着替えをさせ、 さっきは私に貼らせなかった内腿にも彼を起こさないよう、そっとズボンを下げ、 熱さましを貼り替えた。貼り替えている間のまゆみもハラハラドキドキだった。 ズボンを下げている時に、もし原田が目を覚ましてしまったらとんでもないことになってしまう・・・ 何とか彼に気付かれる事も無く無事終了し、 そして、買って来ていた氷でおでこを冷やし、 本当に自分の子供が熱が出た時と同じのように看病していた。 そんなまゆみも朝方少し眠りについてしまったらしく、原田の方が先に目を覚ました。 自分の傍でうとうとしているまゆみに声をかけた。 「緒方さん!緒方さん!大丈夫ですか?ずっと居てくれたんですか?すいません」 原田の顔は本当にすまなそうな顔だった。 「あっ僕、目が覚めた?どう気分は?体温測ってみて」 「はい!」 原田は差し出された体温計を又脇へさした。 「あの・・・緒方さん?僕これって着替えてますよね?内腿のも僕が貼った場所と違う気がするんですけど・・・」 まゆみが答えようとした時 「ピピ」っと体温計が終了の合図を知らせた。 「はい!出して」 まゆみは体温計を受け取ると、数字を読み上げた。 「37度5分。あ〜良かった!僕熱下がったよ、良かったね。 あのまま下がんなかったらどうしようかと思っちゃった」 「あの・・・緒方さん?!」 「なに?何か食べれそう?おかゆでも作ろうか?」 「いや!そうじゃなくて、さっきの答え」 「さっきの答え?って何だっけ?」 「だから・・・僕着替えしてませんか?それに内腿の熱冷まし・・・」 「う〜ん、それはね僕!夜中にきっと看護士さんが来て全部やってくれたんだよ多分」 「誰ですか?その看護士って!しかも多分って?」 半ば原田は諦めた。何をどう聞いたところで緒方さんはきっとはぐらかす・・・ いつもこんな調子の二人の会話だが、こんな会話ができたのも随分久しぶりの事だった。
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