駅の改札をくぐると、すぐ右側にスターバックスがある。
そこでコーヒーを買い、
地下鉄の出口から出て、
十五分程歩いたら、会社に到着。
いつもの春菜の、 いつもの朝の習慣。
ここからビルの中に入り、7階までエレベーターで移動して、タイムカードを押して、自分の席に座る。
あと、残っているのはそれだけだ。
でも、何故か春菜はその一歩が踏み出せずにいた。
ふっと立ち止まり、会社のビルを見上げる。
・・・フジモリも、このビルに、出社するのだ。
「俺の事・・・好きになれよ。」
途端にフラッシュバックする、フジモリの言葉。
肌に触れる質感、体温、吐息・・・
―――― バックン!!
壊れるんじゃないかってくらい、心臓が大きく鼓動した。
途端に、全身の血液が沸騰する。
「やだ〜〜〜〜〜っ!!!」
その衝撃に耐えられずに、春菜は自分の顔を覆うと、その場にしゃがみ込んだ。
雷に打たれたみたいに、神経が痺れて、麻痺して、混乱する。
電気信号の伝達が、おかしくなってしまったみたいに、
グルグル、グルグル。
昨日の事が、春菜の頭を高速で回転した。
『俺は好きだからだ!』
昨日、フジモリに叩きつけられた、言葉・・・
『好きだから、お前とヤッたんだ!!・・・さっきから言ってんだろーが!!だから俺の女になれっつってんだ!』
それは・・・告白・・・だったのだ・・・と、
気付いたのは 言われてから随分時間がたってからだった。
だって、フジモリの言葉は、あんまりにもまっすぐで、乱暴で、
本当に、『たたきつける』という表現そのままなものだから、 まるで1000本ノックみたいに飛んでくる言葉を、春菜はなんとか自分のミットに納める事で手一杯になってしまうのだ。
打ってるフジモリの、フォームや表情を見ている余裕なんて、根こそぎ吹き払われてしまう。
とにかく、一生懸命受けてはみるけれど、 春菜本人には、そのシゴキの意味すら理解できてなくて
『どうして?』
ずっと頭にあった疑問を、言葉に出来た気が全然しない。
どうして、怒るの?
どうして、好きになったの?
どうして、私と寝たの?
答えはきっと、1000本ノックの中にあったのだろう。
でも、あまりの剛速球に、振り回された春菜には、 どれが答えなのか考える余裕なんてまるでなくて
そうして、春菜は途方に暮れるのだ。
そして
グルグルグルグル・・・
高速で回り続ける。
『俺の事・・・好きになれよ。』
・・・!!
また思い出してしまった!
途端にまた、脳みそが沸騰する。
うそっ!うそっ!!! どうしよう・・・っていうか、いや、・・・嘘〜〜〜〜っ!!
実は昨日から、何度も思い出していた。
どんなに気を散らそうとしても、ふとした瞬間に、また、 グルグルグルグル・・・回り出してしまって・・・
そして、必ず、ここに到着するのだ。
振り払っても、振り払っても・・・
あのままでは、あのフジモリという男に、食い殺されそうだった。
昨日、彼の部屋で。
もう、一瞬でもあの腕の中にいたなら、春菜はその大波に飲み込まれていたかもしれない。 それくらい、熱くて、苦しくて。
切ない告白・・・・・・どうしよう。
自分が、こんな軽い女だとは思わなかった。
こんなつもりじゃ全然なくて、 もっと、身持ちの固い、あんな風には押し流されない自分だと信じていたのに。
どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・
・・・胸が苦しい。
フジモリに抱きしめられて・・・・
・・・・ダメ。
思い出そうとする、自分を必死に止める。 ダメなのだ。 フジモリでは、ダメなのだ。 彼では、春菜の一番最初のドアさえ、破ることは出来ない。 破ってこられると、困るのだ。
だって・・・だってあのドアは。 春菜の大切な、たった一人だけが通れるドアだった筈で。
ふるふると、春菜は首を横に振った。
だから逃げ出したのだ。
瞬間的に我に返って、春菜は彼から逃れた。 混乱する頭を抱えて、気づいたら自分のバッグを掴んで、タクシーに飛び乗っていた。
そして、家まで帰り着いていたのだ。
「どうしよう〜〜〜・・・・」
「どうした?」
突然 頭を抱える春菜の頭上から、声が落ちてきた。
「・・・・あ。」 視線を上げると、心配そうに自分を覗き込む知った顔が・・・・
その顔を見た瞬間、春菜の理性は完全に崩壊する。
「あ、あ、あ、浅倉チーフ!!!!!」
言うやいなや、春菜は大慌てで浅倉にしがみ付いた。 舌が回らないだけじゃなく、指先まで震えていて。うっかり、転んでしまいそう な勢いだった。 それくらい、春菜は混乱しまくっていたのである。
もう、一人で考えるのは限界だった。
とっくに、春菜の思考は限界リミットギリギリだったのである。
「た、た、助けてっ!!」
それは、ハルナの心の叫びだった
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