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作品名:視線の行き先 作者:ブラジル先生

第7回   フジモリ
生殺しのまま、藤森は病院の待合室で腐りかけていた。

眉間に皺を寄せたまま、通りすがりのお年寄りを眼光鋭く睨みつけ、無意味に怯えさせている。

そう。
自分の告白に対して酷い断り方をした春菜に、腹を立てていたのである。
そして、自分にも。

大体にして、
自分が一生懸命告白した言葉に対して「嫌!」とハッキリ拒絶し、あまつさえ逃げ出そうとした女を、何故か藤森は庇ってしまい・・・
三週間にも及ぶ大怪我を負ってしまったのである。

足首の捻挫と靭帯損傷で全治三週間。

それが藤森に告げられた検査の内容であった。

バカバカしい!
藤森は一層般若の様な形相になると、低い声で「くそっ!」と呟いた。
隣に座っていた少年が、ビクッと肩を震わせる。

余りに理不尽な答えが、彼に投げつけられた挙げ句、うち捨てられてしまったのだ。あの門前払いが、すっかり彼のいろんなモノを傷つけ回っていた。
マジな気持ちとかと一緒に、プライドもメンツも全部一緒くたにズタズタだ。

藤森は告白した事など今まで一度も無かったのだ。
そこまで自分の興味をそそる存在に出会えていなかったのだと、そう思ったから、告白した。
自分なりに
頑張って。

それをあの女は・・・

「あんにゃろう・・・」

大体にして、あんな断り方あるか!

忌々しく呟きながら、藤森は目の前の待合室用テレビのブラウン管を睨みつけた。
それ以前に、言わせてもらえば“あんな告白”を精一杯だと思っている藤森にも問題があるのだが、その辺は特に考えがいかないらしい。
藤森の恋愛経験の薄さが、彼にそれを気付かせないのだ。
「藤森さ〜ん。」
藤森の殺伐とした気分をまるで無視した受付の女が、会計の為に名前を呼ぶ。
イライラとしながら会計を済ませ、藤森は呼んでおいたタクシーに乗り込んだ。


あんな女。

家路を走るタクシーの中で、藤森は、全部ナシにしてしまおうと思った。
さっきの告白も自分の気持ちも、全部。
そして、あの女の望み通り、いままで通り会社で接触する事もなく、何事も無かったかのように振舞って、あの派遣の可愛い女とでも付き合って―――― ざまあみろ。
そんなことを考えながらも。いや、考えているからこそ、彼はまだ春菜のことを切り離せないままだったというのに。

そうして、自分のアパートへと到着した。
無機質なアパートの扉。松葉杖をつきながら階段をやっとこさ昇り、扉の前まで来た所で、藤森は何故か躊躇した。

「待ってろ」と言ったから、彼女が部屋で待っているかもしれない・・・。

今思うと、何故待っていろなどと言ってしまったのか。
正直かなり傷が痛んで、かっこ悪い所を見られたくなかったから、病院への同行を拒んだのだ。
来て欲しくなかったから、部屋で待っていろと言った。

彼女が帰りたがっていたのは、分かりきっていたのに・・・・

その事実がまた藤森の怒りに火をつける。
手放したくないと、そう思っている事実を、本人にも気付かれたくなかったのだ。しかし、こうして部屋の前で立ちすくんでいると、逆に自分の方が彼女から逃げているような気にさせられる。

クソッ。

ドアノブに手をかけた。

入ってやる!

藤森は、自分の度胸のフタを開けた。


・・・と。

バタン!
金属製のドアが、重々しい音をたてて閉まる。


・・・人の気配が無かった。

出て行ったのか?

そう思った瞬間、何故か藤森は心臓がさっと冷えるのを感じた。
「・・・おい。」
彼女の存在を探すように、部屋の奥へ向かって声をかけるか・・・返事がない。

あんにゃろう。
何故か、彼女がいないと思って落胆してしまっている自分がいる。
なかった事に、彼女の望むとおりにしてやろうと、さっきまで息巻いていた筈なのに?!
本当は、玄関の音で彼女が出てくるのではないかと、期待していたのだろうか?
「ハルナ!」
藤森は足の痛みを堪えて靴を脱ぐと、急いで奥のリビングへと向かった。
自分が焦っている事なんて、考えたくもなかったが、彼女の存在を一刻も早く確かめたくてしかたなかったのである。
「ハル・・・」
リビングへと到達した時、藤森は言葉を失った。


・・・いた。


ベットを背もたれに、ハルナは華奢な身体を横たえて眠っていた。


その姿に。


藤森は何故かその場から一歩も動けなくなってしまったのだ。

動いたら、消えてしまうような気がして。
もう、ハルナはここにはいないのだと、そう思った恐怖があまりにも大きかったので
なんだかもう、いろんな事に打ちひしがれてしまっていたのか、
藤森はまるで、ハルナは触れたらシャボン玉の様にキレイに弾けて、跡形も残らなくなってしまうんじゃないかと。
奇妙な感情に包まれてしまっていたのだ。

しかし、一瞬のフリーズの後。
「待っていた」という、その事実に、藤森は再起動を果たした。

なるだけ、気配を殺して。ハルナの脇に腰を下ろす。
胡坐をかいた自分の膝を肘掛に顎を乗せると、やっと安心してハルナを眺める事が出来た。

カーテンの隙間からこぼれた夕日が、ハルナの丸い頬を軟らかくなぞっている。
目を閉じていると一層幼く見える顔が、安らかな眠りに包まれていて・・・

昨日は一晩、ずっとこの寝顔を見ていた。
一睡もせずに。


・・・・触れたい。

唐突に思った。

伏せられた長い睫毛。軟らかそうな髪。 ・・・唇。

視線が彷徨い、鼓動が跳ね上がる。


ああ。やばい。
なんだか知らない内に、危険地帯に入ってしまったらしい。

大体にして、昨晩だって、藤森はハルナをお持ち帰りする気なんかサラサラ無かったのだ。
ただ、駅で追いついたはいいが、酔っ払いながらシクシク泣いて歩いていたハルナがあんまりにも危なっかしくて。
どうやら(詳しくは聞けなかったが)他の男の事で泣いているらしいハルナにムカついて。
でも、なんだかどうにもとにかく可愛かったハルナに、いろんな事はとりあえず置いといて、理性が焼き切れてしまったのだった。

可愛いと思ったら触りたいし、触ったら歯止めはきかない。
というか、歯止めがきかなくなる程、吹っ飛んだのも初めてだった。

何もかも初めてなのだ。
女を追いかけるのも、こんなに切なくなるくらい触りたくなるのも
可愛くて可愛くて、仕方が無いのも・・・

そう、思った瞬間、藤森の心臓が鷲掴みにされた。
ぎゅうっ・・・と。唐突に。
痛みが体中に広がって、指先まで痺れが走る。

痺れたままの指先で、そっ・・・とハルナの髪を軽く梳いた。
思った通り、軟らかくて・・・

「好きだ。」

思った言葉が唇から零れ落ちた。

・・・と、唐突に。

前触れ無く、ハルナの伏せられた瞼がぱちっと見開かれて・・・

その視線で、何の戸惑いもなく、藤森の心臓を撃ち抜いた。


「章吾・・・さん?」

しかも、粉々に。


その瞬間、藤森の中で火の手が上がった。さっきまで、きつくフタをして殺そうとしていた火に、酸素が吹き込まれてしまったのである。


 ごぉっ。


「誰だよ!そいつ!!」
思わず怒鳴ってしまう。
「・・・あっ。ごめ・・・」
寝起きに怒鳴られて、状況が飲み込めない様子のハルナは、また一つ、藤森に手榴弾を投げつけた。
「寝ぼけちゃって・・・」


誰の夢を見てたんだ!!
また怒鳴りそうになって、でも、声にならなくて。
藤森は「くそっ!」とだけ舌打ちすると、ハルナの手首を掴み、困惑した瞳を睨みつけた。
「誰だよ・・・」
「え・・・?」
「誰だっつってんだよ!そいつは!!」
イライラが最高潮に達する。ハルナの口から他の男の名前が出る事が嫌で仕方ないのだ。
しかも、寝ぼけて口走るなんて言語道断だった!

それなのに・・・
ハルナはまるで心外だとでもいうように。
「あ・・・貴方には関係ないでしょう・・・」
今度はトマホークをぶっ放したのである。

藤森は、少しだけ、視界が暗転しそうになった・・・が。
ここで引き下がるわけにはいかなかった。


藤森の心は、もう、とっくの昔に
この女に根こそぎ奪われてしまっているというのに。

何一つ返そうとはしない、このとんでもない鈍感女に
目にモノ見せるまでは負けるわけにはいかなかった。


だが、心を人質に取られた藤森にとっては、ハルナの範囲は激戦区さながらの戦場で。
藤森は特攻の覚悟を持って挑まなければならないようだった・・・


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