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作品名:視線の行き先 作者:ブラジル先生

第2回   ハルナ
奇妙な朝食だった。

駅前のマックで向かい合ってコーヒーをすする。
店内にたちこめるジャンクな香りが、空々しさを余計に強調している気がして、居心地が悪い。

視線のやり場が無くて、なんとなく春菜は外を歩く人々の群れから目をそらせないでいた。

目の前では、藤森が"なんとかこんとかマフィン"をパクついていて、そんな風景にどうにも違和感が拭えない。

藤森が入社してきたのは今年の四月。
同じ会社でもう半年も一緒に働いていたのに、こんな風にまともに対面で座るのは初めてかもしれなかった。
いろいろやっちゃったくせに、今更な事実に改めて自己嫌悪する。

でも、あまり近寄らないようにしていたのは事実だった。
同じ現場とはいえ、春菜の主な仕事は写真の編集や地図の作成などの、どちらかと言えば雑用仕事なのに対して、藤森はグラフィックデザイナーだ。
新卒とはいえ、ちゃんと大学で腕を磨いてきたらしい彼は、既に即戦力として働いているらしい。
はなからフロアが違うし、私はもう入社10年目のもうすぐ28歳で、5歳も年の離れた新卒の子と話す内容なんて思いつかなかったから。
性格も知らないし、好みも、血液型も、生年月日も。何にも知らない。
それに彼は女子社員に結構人気があるのだ。
面倒ごとはごめんだった。
思い返すと、春菜の藤森への第一印象は最悪だったし
遇えて近寄ろうとは思わなかった

・・・はずなんだけど・・・。


どうしてこんな事になったんだっけ??

はっきりしてるのは、昨日届いた結婚のお知らせの葉書に、自棄を起こして飲みすぎたって事と。
偶然駅で藤森と会って、誘われるまま飲み行って。

・・・・。

今、完全に帰るタイミングを逃してしまったって事。

大体にして、二日酔いで胃が荒れてる状態でこんなジャンキーなもんがっつける訳なんてないし、ついつい癖で答えてしまったけど、あのままサックリ帰ってれば良かったのだ。

ここ、どこか分からないけど。


帰ってればよかった・・・。


・・・でも、どこに?

今でも虚しくペアの食器の並ぶ自分の部屋へか・・・


考えてしまって、気分が一気に沈む。


終わってしまった事実を受け入れられずにいる部屋は、今の春菜そのものだった。
すでに持ち主のいない彼の物すべてを、見えない事にして、触らない様にして、
でも、片付けられない。

会社近くのマンションを借りたのは、彼・・・三年付き合った恋人。岩崎章吾の為だった。
同じ会社の上司だった岩崎さんが昇進と共に営業に移動になって、現場に残った春菜は、すれ違いになる時間を埋めるために、マンションを借りたのだ。
いつか二人で暮らせると、思っていたから。

・・・もっとも、彼がその部屋に最後に泊まった日は、もう思い出せないけれど・・・。


「食わねーの?」
不意に言われて、反射的に視線を向ける。
藤森はすでに食べ終わっていて、ポケットからタバコを取り出していた。
マルボロメンソールだ。
しかもボックス。

唐突に、生々しく付けられたばかりだった傷がパックリ開いて、ズキリと疼くのを感じた。
記憶との共通点を目にする度に、毎回痛くなる。
嫌になる。

・・・見たくない。

「・・・食えよ。」

藤森が、一瞬どこか痛いような顔をした。
眉間に皺を寄せて、春菜を見る。

「食欲無い。」
食べたくないし、見たくない。
虚しさに、力がぬける。

「・・・おい。」
呼ばれて、また目が合った。
まっすぐに、強い瞳が。
一直線に春菜を射抜く。

「ちゃんと俺を見ろ。」


・・・え?
何言ってんの?この子?急に。

「見てるけど・・・?」
怪訝な気分で眉をひそめた。
今更だけど、藤森は唐突な言葉が多い。


すると、藤森の、さっきはかけてなかった細い黒縁のメガネの奥の瞳が、一瞬何かの色に染まった。
何の色かはわからないけど、強い色に、一瞬、視線がゆらいで
「・・・お前・・・」
唇が、言葉に迷うのが見えた。

何よ。

なんだか負けたくないような気がして、春菜は藤森を見つめる。

あ、そういえば、コイツの顔。
初めてかも、良く見たの。

浅黒い肌に、切れ長の目。
スクエアな黒縁メガネが性格キツそうで良く似合っていて、シャープな顔つきは、なるほど確かに整っていた。
自身満々って感じ。
正直言って、春菜は優しい顔立ちが好きだから、こういうタイプは好みではなかったのだけれども・・・。

「何よ?」
続きを言わない藤森に、先を促す。

「・・・。いや、なんでもねー。」

なんなんだ?一体。

「意味わかんない。」

春菜は小さく息を吐くと、カバンからタバコを取り出して火をつけた。
でも、考えたくない。
意味なんて。

「コーヒーだけでいいのかよ。」
それを見て、藤森も自分のタバコに火を付ける。
使い古した感のある、銀色のジッポ。
オイルの香りが鼻についた。

「いい。食欲ないし。」
ライターが。
デュポンではなかった事に安堵した。

「食わねーと、酒抜けねーぞ。」

「家帰って、寝たら、抜けるもん。」

と。

言った瞬間、空気が凍るのを感じた。

違った。

凍ったのはフジモリだ。


え?私なんか悪いこと、言った??


一瞬強い視線で春菜を射抜くと、乱暴にタバコを灰皿へ押し付ける。
カチャカチャと安っぽいアルミが音をたてた。

あ、火つけたばっかなのに・・・

もったいないと思う間も無く、フジモリはその勢いのまま、さっさとプラスチックのトレイを返却に行き、大股で戻って来る。
ズンズンという音が聞こえて来そうだ。
フジモリは背ちいさいし、それほど筋肉質にも見えないのに、なぜか動作に迫力があるな。なんてボンヤリ考えていたら。

ぐいっと腕をつかまれ、立たされた。
意外に強い力。

「帰るぞ!」

強い視線に、また、射抜かれる。
身長が近いから、視線が近い。

間近で見たフジモリの瞳には、またあの色が揺らいでいた。
強い・・・色。

それに、やっぱりまだ、どこか痛いような顔のままだ。
どこか、痛いのかな?

あれよあれよという間に、持っていたタバコを取り上げられ、引きずられるようにして店を出る。
シャツの上から分かるフジモリの肩甲骨のラインを見つめながら、春菜はボンヤリと考えた。

でも、今度は分かった。
瞳に翳ったのは、あれは怒りの色。
今は、背中全体が
いや、行動全てで怒りを表しているのが分かる。


・・・フジモリは、感情がむきだしだ。


それに、よく考えたらこの子、年上に向かってタメ口だよ。



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