なんで会社休んでんだ!
藤森は、今日もムカムカしていた。 またしても、昨日ハルナに逃げられてしまったのだ。
二回目。
そう、二回目なのだ。告白して、逃げられるのは。
かっこ悪い告白だった。 まるで、懇願するかのような・・・・くそっ!!
昨日の自分の言葉を思い出して、藤森は思わず大きく舌打ちをする。 フロアの中には殆んど人はおらず、藤森は思う存分自分のイライラを放出できるのである。 大体現場の出勤時間は午後三時くらいから始まる。ワザワザこんな早い時間に出勤したのは、昨日逃げられたハルナを今度こそひっ捕まえてやろうという、藤森の決意の成せるワザだった。
まだ、聞いていないのである。 彼女の口から 告白の、返事を。だ。
ここまで男にハジかかせやがったんだ・・・覚悟しろよ! そんな物騒な気持ちで、鼻息荒く戦地に登場した藤森を待っていたのは、ハルナの「病欠」の知らせで・・・・
嘘つけーーーーーーーっ!!!!
人の必死の告白から逃げちらかした上に、ここでもまた逃げるのか!あのオンナは!!!
藤森は、怪我した足の事をすっかり忘れて、地団駄踏みそうになってしまった。
・・・・クソ!!!
行き場の無くなった怒りを持て余して、まるで親のカタキみたいにキーボードを叩く。 叩き割ってやりたかった。
キーボードを、ではない。
ハルナを囲む、防弾ガラスを・・・だ。
ハルナが自分を守る、防護壁。 藤森は、その壁から一歩たりとも近づけてもらえてないのである。 透明で、透き通っているから、ハルナの姿は丸見えなのに、 手が、届かない。 堅固な防弾ガラスは殴っても蹴り上げてもビクともする様子はなくて、 ビクビクするのは中にいるハルナだけだ。 そして、外で暴れる藤森から守るように、必死に何かを大事に抱えていて・・・・
藤森から見ればちっとも大事ではないソレを守るために、ハルナは防護壁に閉じこもっているのものだから。
それをよこせ! いますぐよこせ!! さぁよこせ!!!
たたっ壊してやる!!!!
藤森は外側から、そう、いきり立つ事しか出来ないのである。
だから・・・
今日こそは、ハルナを逃がさないようにして、決着をつけてやると、昨日布団の中で決意していた。 その決意が、いきなり肩すかしを食らってしまったのだ。 そのモヤモヤを、一体どこにぶつければいいのか。 敵前逃亡された状態で、藤森は一人でイライラし続けていた。
そんな時。
ふと
頭の中に、よぎったことがあった。
――――――携帯!!!
はっ!!
と、藤森はジーンズの尻ポケットを探り、目的のブツを取り上げた。
普段使わないツールだったものだから、すっかり失念していたが・・・
藤森はハルナのアドレスを登録しておいた筈である。 素早く画面を開き、アドレスを検索する。
・・・・と。
あった・・・。
『立花 春菜』
見つけた番号にダイヤルした。
ブルルルルル・・・・・
コール音が
ブルルルルル・・・・・
二回
ブルルルルル・・・・・
三回・・・・
ブルルルルル・・・・・
四回・・・・・・・・・・
・・・よく考えたら・・・
そこで、ふと、藤森は嫌な予感に囚われた。 今日、本当にハルナが藤森を避けて会社を休んでいるとしたら・・・・
・・・出ないんじゃないか??!!
サァッと青くなった瞬間
プッ・・・
「・・・もしもし」
――――出た。
フウッと。
思わず安堵の息が漏れる。
「・・・オレだ。」
「・・・・・あ・・・」
携帯の液晶に、藤森の名前が表示される筈なので、知らずに出たという事はないだろう。 初めて聞く電話ごしのハルナの声と、安堵したのとで、 なんとなく動揺してしまいそうになった気持ちを押さえつけ、藤森は用件を切り出した。
「なんで会社こねーんだ?」
『・・・・あ・・・えっと・・・』
「体調わりーのかよ」
『・・・いや・・・』
――――違うのかよ!!
ムカムカムカッと、また気持ちが揺らぐ
「じゃ、なんで来ねーんだ!」
『・・・・・・』
「・・・そんなに、オレに会うのが嫌だったのか?」
『えっ!いやっ・・・そうじゃないの・・・』
「じゃぁ何だよ!!」
『そうじゃなくて・・・あの・・・』
「・・・なんだよ」
『・・・そうじゃなくて・・・そうじゃないの・・・』
「わかんねーよ」
そんな言い方で何を分かれというのか。 まるで要領をえないハルナの言葉に、藤森は苛立ちを抑えられなくなってくる。
「意味わかんねぇ・・・オレはアンタに好きだって言ったんだ。嫌なら嫌だって言えばいいし、好きなら好きだって言えばいいだろ!」
『そんな!・・・急に言われても・・・私・・・』
「急にじゃねーだろ!!」
『だって!!まだ何も知らないのに・・・』
「言えよ」
『・・・フジモリ・・・。』
「オレを好きだって・・・言え。」
知らないなら、知ればいいし。 嫌いじゃないなら、好きになればいいのだ。
「嫌なら・・・嫌いだって・・・・言え。」
本当は・・・言ってほしくないけれども・・・
「言えよ!!言わなきゃ何にもわかんねーだろ!!」
『そんなの・・・言えたら苦労してないわよ! バカ!!』
堪えられなくなったように、突然ハルナの声が大きくなる。
『もうやだぁ〜・・・・』
・・・・グスッ・・・。
鼻をすする音が・・・
「泣くなよ。」
『泣いてないもん』
「泣くな・・・」
『泣いてないってば!!もう、バカ!!』
「泣くなっつってるだろ」
『だれが泣かしてると思ってるのよ〜・・・』
「・・・やっぱり、泣いてんじゃねーか・・・」
ハルナが泣くと、どうしていいか、本当にわからなくなる。 多分、困らせているのだろう。 きっと、ものすごく・・・だから
「今、家か?」
『・・・うん。』
「・・・家、どこだ」
『・・・教えない』
「どこだ」
『・・・やめて』
「オレの知らない所で泣くんじゃねー」
『・・・勝手な事ばっかり・・・』
「オレの触れられない所で、泣くな」
『私の事、良く知らないくせに』
「関係ねー」
『あるわよ』
「関係ねぇ!!あるわけねーだろ!!生きてて、息してて、ハルナって名前で、そんでもって、今そこにいるじゃねーか!!それだけで充分だろ!!!他に何があんだよ!」
『・・・お願い・・・フジモリ』
「家、どこだ」
『・・・』
「オレの事、教えてやる・・・言えよ」
『バカッ!!』
プツッ・・・・ツー、ツー、ツー・・・
「・・・逃げんじゃねー! 卑怯者!」 一方通行になった回線に向かって、藤森は怒鳴りつけた。
「くそっ!!」
吐き捨てて、意味をなさなくなった携帯電話を床に叩きつける。
心の中の熱い火のカタマリが消えない。 熱くて、苦しくて、藤森だってどうしたらいいかわからないのに
会いたいという言葉を、ちゃんと冷静に伝えればいいのかもしれない。 しかし、藤森ときたら押しつける強い口調と、乱暴な感情で全てを台無しにしているのである。 ハルナが逃げるのだって無理はなかった。
でも――
「何でキライだって言わねーんだよ!」 あの透明な壁が、藤森を拒絶する。 拒絶しているのに、哀しそうな気配を感じて。それが、余計に彼を苦しめるのだ。 ダメだというのなら、全身全霊で「大嫌い!」と言えばいいのである。 さすがにそこまで言われたら、藤森だって諦めもつく―――― かもしれないのに。
なのに! なのに、ハルナはそれだけは決して言わなかったのだ。
ハルナの拒絶の言葉はいつも回りくどく、そして逃げ腰なものばかり。 後を引くような、目の色や指先、背中、声。 それらが、ますます藤森を煽り立てるということに、どうして気づかないのか。
これでは、藤森は生殺しだ。 目の前にガラスケースなしで飾られているものが、触れていいともいけないとも書いていなかった場合――どうして、藤森が触れずにいられようか。 触れられると戸惑うくせに、突き飛ばすほど拒まないのは卑怯だ。
そして、彼女は逃げた。
「逃げんな……バカやろう」
胸が痛い。
そう、ハルナは卑怯だ。 自分の大事な荷物を取られる事だけを恐れて、マトモに藤森を見ようとしないのである。
確かに、藤森はハルナの大切なソレを奪い取る気満々だった。 ソレがあるかぎり、ハルナは藤森を見ようとしないのだから、持ってていい筈はない。
でも。
奪い取るだけじゃない。 藤森は、ちゃんと、ハルナに与えるモノを準備しているというのに・・・・
・・・宙づりになったままの――藤森の、恋。
「・・・ばかやろう。」
床にほおり投げられた携帯電話に向かって、藤森は呟いた。
藤森を苦しめる、ハルナに向かっての言葉なのか、 はたまた、ハルナに振り回されてイライラグルグルしてしまっている自分自身への言葉だったのか
境界線があいまいでハッキリしないが、藤森にとっての敵が何なのか、徐々に分かりかけて来ていた。
・・・そう、敵は・・・。
「おいおい、お前。丸聞こえだぞ。」
言われて、振り向いた先に、
「浅倉チーフ。」
藤森は、大きな作業机とパーテーションを隔てて、頭一つ分でかい浅倉の顔を睨み付けた。
いるのは知っていた。 だが、そんな事どうでもいいと思っていたし、藤森は藤森なりに確かめたい事があったのだ。
浅倉は、言葉こそ穏やかだったが、嗜めるというより咎める表情で、藤森を睨み返す。
「・・・あいつをあんまり困らせるな。」
かっちーん!
と、まるでデコピンを喰らった時みたいに、イラっとした。
ついでに、ちょっとショックを受けたのも事実だけれども。
「・・・聞いたんすか?」
眉間の皺が深くなる。
あの、電話の内容で「あいつ」と特定できるという事は、十中八九ハルナから話を聞いた事になる。
予想していた事実に、藤森はムカムカと沸きあがってくる怒りをそのまま視線に乗せて、浅倉へと叩き付けた。
それほどまでに信頼されている浅倉のポジションを恨めしく思うと同時に、この「俺はなんでも知っている」的な言い方がどうにもこうにもカンにさわる。 それが、ハルナに関する事だから、尚更だ。
それに、これは自分とハルナの問題であって、浅倉には一切関係ない話なのである。 二人の恋愛に関する問題なのだ。 ハッキリ言って、ハルナのドアの横に、姫を守る騎士気取りで剣を構えて立ちふさがっているこの男が、邪魔臭くて仕方が無いのは事実だし。
・・・それに。
浅倉とハルナが付き合ってはいない事は、もう藤森は気付いていたから、 浅倉には別になんにも、これっぽっちも藤森の行動を咎められる筋合いはないのだ。
・・・ハルナは好きなのは、多分、きっと、あの、寝ぼけて口走った章吾って名前の男で。 どんな関係なのかまでは分からないが、現在進行形で付き合っているというわけでもなさそうだ。
浅倉は多分、全て知っているのだろう。 藤森の敵が何者なのかも。
でも、こいつにだけは聞きたくない。
それに、浅倉にしたり顔で邪魔されるのも納得がいかないのだ。 というか、何が気に食わないって。
この浅倉という男が、当たり前の様な顔をして、まるで当然の事のようにハルナを自分の腕に囲い込もうとしているのが気に食わないのである。
なぜ、そんなにも、彼女を守ろうとしているのか。 浅倉が、どんな目をして、ハルナの名前を呼んでいるのか。
・・・藤森が、それに気付いていないとでも思っているのだろうか?
「好きなんすか?」
不意に放った藤森の言葉に、浅倉のいつも纏っている穏やかな雰囲気が凍りつく。 パーテーションを挟んで、ぶつかり合った二つの火花に煽られるように、藤森はもう一つ言い放った。
「俺は好きです。」
そう、これは宣戦布告。
「あんたには、渡さない。」
―――― こいつも。敵だ。
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