屋根裏のがらくたを女中部屋に引き摺り出し、検めていた楓は、古い桐箱の中に収められた掛軸を引っ張り出した。幾人かの鑑定人が値打ちなしと見做して放置されたものだ。楓は手拭で丁寧に埃を払って紐解いた。桐箱を開けるとつんとした微香が漂った。硬く撒いた掛軸を紐解く。微香が漂い埃臭い女中部屋に満ちる。栗の木に寄り掛かっている儚げな女の絵。楓はハタと膝を突いた。 この女。 楓は、座敷に戻り、床の間に不釣合な程小さな掛軸を掛けた。座って眺める。 この女だったのですね。お父さん。
楓は崩壊寸前の母屋の中で比較的まともな座敷に寝起きしていた。2階は崩れ、両端の部屋の天井から減り込んでいる。 軽い女の足音は、少年の頃と同じ。座敷の前を素通りして、親父の部屋へ行っていた。この屋敷に戻った夜から聞こえたあの音は、いつから再開されていたのだろうか。 今の楓はあの頃の親父と同じくらいの齢となっていた。フッと苦笑いをする。 楓はやっとほんの少し、親父に近づけたような気がした。 楓は、翌日、自らの思いつきに少年の頃のようにワクワクして、親父の部屋を手入れして、滞在部屋を座敷から移した。女の訪れを期待しているようで、忘れていた高まりを覚える。軽い興奮。楓は酒を舐めた後で床についた。 女は親父と私を間違えてやって来るのだろうか。 親父と間違えてやってきたとしても、女をどうするでもないのに。と、苦笑いをした後で、女は幾つだろう、と思った。思ってそして、ハッとした。 独りで帰って来た晩に、久しく無人だった埃と黴の饐えた臭いに顔を顰めた家なのに。十分換気をしたのに拭い切れぬ臭気がいつしか消え、漂った、新鮮な空気の満ちていたあの頃と同じ白檀の香り。無人の家に聞こえた足音。 何故、可笑しいと思わなかったのか。 親父の部屋の布団の中で、起き上がって引き攣る。 あれは、誰だったのですか。お父さん。 ゾクリとする恐怖が包む。
つんとした微香、遅れて、床を刷るような足音。 楓は、過ちを犯してしまったと目を閉じた。冷や汗が老いた肉から滲み、つつと背筋を落ちる。 女は障子の前で止まった。女は動かない。楓は息をつめた。 楓は扇子を持っていない。女は入れないのだ。 楓は障子の前で待ち続ける女の気配を感じながら、まんじりともせずに夜を明かした。
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