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作品名:寿の次 作者:津那

第9回   かわいい約束
 町内の運動会には、コンビニから相当量の弁当と飲料を納めさせてもらうことになっていた。公子は、実家からではなく、バイトの男の子も一緒に、コンビニの従業員として、コンビニ所在地のチームで参戦することとなっていた。
「この、タイヤ競争ってね、子供がタイヤに乗って、お母さんが引っ張るの。僕、出たことないんだ。オバちゃん、引っ張ってよ。」
 孝太がいつものあどけない瞳で見上げる。
「お兄ちゃんは、高学年だから、パパが引っ張るんだよ。」
 公子は、夕食を子供たちと信二の母と4人で摂るようになっていた。夕食後、経理仕事をしてから、帰るためだ。母が是非にとすすめ、公子はおのずと湯浅家の料理を覚えるようになった。母に頼まれてたまに、料理をするし、時間があれば習った。
「いいよ。オバちゃんが引っ張る。一番になろうね。」
「一番かどうか、わかんないよ。だって、リレーなんだもん。」
「あ、そうなの?」
 子供達は二人ががりで、タイヤ競争の競技内容を説明してくれる。
「僕んときは、祖母ちゃんだったのに、いいなぁ。孝太は。」
「信太は、これ、ほら、二人三脚に、公子オバちゃんに一緒に出てもらったらいいなじゃい?」
 祖母の提案に、兄の信太は、少し緊張した顔で、公子を見た。
「へぇ、二人三脚?よしっ、信ちゃん、一緒に走ろう。」
 公子が勢いよく言うと、信太は、嬉しそうに頷いた。
「あー、これで、今年はドベじゃないぞ。だって、祖母ちゃん、打合せたこと本番で忘れちゃうんだもん。去年は、2回も転んだんだよ。」
「あれは、難しいよ。信ちゃんは速いから、祖母ちゃん着いて行けないんだよ。」
「違うよ。僕、ゆっくり走ったもん。祖母ちゃんが、右足と左足と間違うから、転んだんだ。オバちゃん、練習しようね。絶対、一番になろう。」
 子供達と一緒に、真剣に計画を立てる。どうすれば勝てるか、競技の説明と、ライバルの話、尽きることがない。公子は、真剣に子供と一緒に、勝つための作戦を話し合った。
「楽しそうじゃないか。瀬戸さん、子供たちと一緒に競技に参加してくれるの?信はけっこう速いんだよ。」
 信二が加わって、母がいつものように交代して店へ出る。公子は信二の夕食の準備をしながら、話し、片付けをしてから、一緒に経理の仕事をするのだ。
「知ってるわよ。だって、店長、凄く速かったもん。信ちゃんも孝ちゃんも、パパに似て足が速いのね。きっと。」
 4人で話していると、まるで、家族のようだと、公子は心が暖かくなり、幸福な気分に包まれる。憧れ続けた家庭。だが、それにさっと背を向けるようにして、片付けに入る。信二は食事をしながら子供たちと談笑をしている。公子は、この幸福を手放したくなくて、このまま、深く入ってしまいたい欲望と闘わねばならない。日増しにそれは深まり、公子は胸が詰まりそうになる。
 公子の片付けと信二の夕食が終わって、子供達はTVに高じている。公子と信二は、店裏の事務机で経理をする。主に公子が庶務をして信二が判断をして答える。
「最近、親父もお袋も元気になったよ。疲れが溜まってたんだな。無理をさせてたって思うよ。瀬戸さんのお陰だ。ありがとう。」
「いえ、いつも、何から何までお世話になっているのは、私のほうです。」
 信二は、社交辞令的に礼を述べる公子の顔を、じっと見ていたが、いつものように、微笑んだまま目を逸らした。公子も机に向かう。
「運動会では、子供達に随分寂しい思いをさせて来た。今年は、随分張り切ってるよ。瀬戸さんが、一緒に出てくれるのが嬉しいんだ。」
 公子は、信二の顔を見る。公子の方こそ、どれだけそれが嬉しいか、子供達と、信二の家族に支えられている。伝えるつもりで口に出せば、止まらなくなり、信二の好意を期待してしまいそうで恐い。だから、公子は黙って微笑むだけにしている。
「…運動会は、一年で最も売り上げがあがる日でもあるんだ。」
 信二は仕事の話に戻す。
 公子はいつも通り、仕事を終えて辞した。


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