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作品名:寿の次 作者:津那

第1回   寿退社
「おめでとう。」
 花束と拍手と羨ましそうな顔と、寂しそうな顔が入り混じり、お局様の地位を獲得しつつあった、瀬戸公子は、かろうじてその重責から逃れられた。局の先輩、員子が、公子を囲む輪の外縁から、微笑みを湛えた顔を向けていた。
 あ、やっぱり、目が笑ってない。
 公子は密かにチェックしたが、いつもの員子の目の奥の色を読むのも今日が最後と、微笑んだ。
 さようなら。員子先輩。お先に。
 心の中でほくそ笑みながら、公子を囲む輪を満面の笑みを浮かべて眺め回した。ずっと、どれ程の長い間、この日、この瞬間を待っていたことか。何人の後輩達を見送り続けてきたことか。
「幸せになってくださいね。」
「かわいい赤ちゃんを。うふふ。」
「ダンナを大切にしろよ。あんまり厳しくしないようにな。」
 同期で既に妻帯者でありパパになっている男性社員から、掛け声があがり、周囲は幸福な笑みに満たされている。
 公子は、見送られながら、馴染んだフロアを後にした。
 今日は奮発してタクシーを呼んである。このまま、駅へ向かい、週末に引っ越した実家へ戻る。馴染んだボロアパートは引き払ってある。駅から電車で実家へ戻りながら、スーツ姿に手一杯の花束が電車の中で目立つ。寿退社を済ませたばかりだと、知らしめているようだ。
 さて、と、公子は車窓に目を向けた。
 東京を離れるのは一時的なもの。実家で挙式までの2ヶ月を過すためだ。挙式が済めば、また東京に戻り、前田秀和の用意してくれる家族向け社宅での生活が始まる。

 秀和は、大手企業に勤める技師だ。42歳まで独身だった彼は、過去の女性について語ることはないだろう。友達の裕子の紹介で出会って、3ヶ月。夢中になったのは、公子の方だった。
37歳。公子は大いに焦っていた。誰でもいい。そんな気分になっていた。出会いはないことはない。ただ、双方、いや、正直に言うと、相手がその気にならないのだ。
友達の紹介で会う。いきなり二人っきりで会うこともあるが、ついて来てくれる友達夫婦もいた。友達夫婦と同席した後、相手と二人だけになる。相手は急に余所余所しくなる。そんな感じなのだ。
決して公子がえり好みをしたわけではない。少なからず、いや、大いにそれで公子は傷つく。二人っきりでいきなり会う方が、いかにも、気に入りませんって公言されているようには見えないところが、まだ、救われる。最初っからよそよそしくても、それが、性格ではなかろうか、という錯覚を生ませてくれる。結果、どちらも同じだが、受けた傷の深さが違う。
何が悪い?やはり年齢だろうか?公子は、鏡の中の、自分を見る。
子供がいる同年代の友達より、若く見えるはずだし、生活臭はないはずだ。化粧も服も、後輩達と似たものを着けている。年齢は、相手だって、年上だ。人のことは言えまい。
「大丈夫。公子は、綺麗よ。今度、紹介するから。」
 交友関係の広い夫を持つ裕子から、何人紹介されただろう。
 秀和を紹介されたとき、公子は、秀和があまりにハンサムであり、何より、秀和が公子を邪険にしないところが、夢中にさせた。
優しい。それが秀和の印象。
裕子と裕子の夫に向けた微笑と同じ笑顔を、公子に向けてくれた男。気に入ってもらえるってこういうコト?公子は秀和だけは、無様な失敗にしたくなかった。
 二人っきりになった時、公子は精一杯、秀和に尽くした。
 その甲斐があったと、公子は微笑む。
 電車を乗り継ぎ、実家がある駅に近付きながら、育った町を車窓から見ていた。地方独特のゆったりとした雰囲気。綺麗な戸建の屋根が見える。新興住宅が立ち並ぶ。公子は戸建の家々を見ながら、秀和とこれから始まる生活を思い描いていた。
 専業主婦。公子がずっと憧れていたもの。家事は得意だし、秀和のためなら、料理だって作れるようになるはずだ。今から挙式までの2ヶ月間、花嫁修業をするのだから。
 公子を姉が駅まで車で迎えに来てくれていた。後部シートには甥と姪がニコニコ顔で座っている。可愛い子供達。甥は中学生、姪は小学生。公子が憧れ続けている姉の幸せを絵に描いたような家庭。公子も、これから、かわいい子供達を設けて、幸せに暮すのだ。
 


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