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作品名:帰郷 作者:津那

第2回   帰省
 郷里の父は、相変わらず頑強でピンピンしていた。
「おっ、亜由美。帰ったのか?」
「えっ?お父さん、元気そうじゃないの?」
「犯人は、台所にいるよ。そんなとこに立ってないで、入りなさい。」
 懐かしい家に上がり、台所の母のところに行くと、何気ない素振りでお帰りといい、相変わらずの人使いの荒さを発揮して、亜由美に夕餉の支度を手伝わせる。
「お母さん、電報、あれ、何なのよ?」
「ああ、あれ。あんたが会社のリストラと闘ってるっていう、可哀想な話を聞いたもんでね。」
「えっ?誰が、そんなこと。」
「ん?裏の富美ちゃん。2人目の赤ちゃんを産みに帰って来てるよ。知らなかった?」
 富美は、東京で結婚してそのまま東京に住んでいるはずだった。最近忙しくて、連絡をとっていなかったが、そうか、とうとう生れたんだ。富美ならば、亜由美の苦境を愚痴っていたので、知っているだろうし、富美の夫の会社は、亜由美の勤務する会社の大得意だから、会社の諸事情は知っているのだろうが、一事務員の雇用まで知っているのが意外だった。
「事務員、皆解雇って聞いたんだって。解雇されずに亜由美が残ってるから、頑張ってるんじゃないかってね。富美ちゃんが心配してたのよ。」
 専業主婦にちんと納まっている富美に、亜由美の苦境を心配されるとは、いささか腹も立ったが、亜由美は、堰が切れたように、母親に今朝、丸谷からねちねちと勧告を浴びたことを愚痴った。
「あーあ。辞めてしまいなよ。そんな会社。」
「だって、悔しいじゃないの。12年も勤めてるんだよ。」
「仕方がないじゃないのさ。事務員がコンピューターに負けちゃってるんだから。会社だって、無駄な人件費を払いたくないさ。」
「お母さんは、専業主婦だから、気楽なことを言うのよっ。」
「専業主婦でもね、社会のことくらい知っていますよ。馬鹿にするもんじゃないよ。そんなんだから、リストラされちゃうの。」
 定年退職をしている父が、母娘の会話を聞いて、背を向けたまま溜息をついていたので、亜由美は母へ八つ当たりをするのを止めた。
「明日、富美ちゃんとこの子、見てくるといいよ。かわいいよ。子供。」
 母が、富美を羨ましそうに言うのが、悲しかった。
 
 翌日、久し振りに富美に会いに行った。母の言う通り、子供はかわいい。富美の第一子は2歳なのにお姉ちゃんとしての自覚を持って生れたばかりの弟を可愛がっていた。
「いいなあ。富美は。」
 ひとしきり、会社の愚痴を聞いてもらった後で、亜由美が呟くと、富美は、悪戯っぽい顔をして、加藤君に会ったと言う。
「養殖場に浸ってるみたいだからさ、行ってみたら?」
 水産高校の教諭になっているはずの加藤君は、亜由美より3学年上の先輩だった。有名な魚オタクで、大学にも属したまま、高校教諭になり、地元の養殖業者の間でも、先生と呼ばれて活躍しているようだった。近所に住んでいて親同士の交流が深いので、加藤君の話は母から昨晩も聞いていた。
 お魚がお嫁さんのような人で、お母さん、もうあきらめてるなんて言ってたわよ。いいお嫁さんが来るといいねぇ。
 ずっと前に、加藤が亜由美を好きらしいという噂を聞いたことがあったが、あくまで噂であり、加藤から何かを言われたわけではなく、そんな素振りさえ見たことがない。男子から人気者だった彼は、女性に関しては、からきしのようなところがあった。
 お魚がお嫁さん…か。
 亜由美は、久し振りに加藤に会いたくなった。
 噂を聞いたとき、亜由美の心は微妙に揺れた。朴訥で、地味だけど魚に関して小さい頃から博士みたいな、近所のお兄ちゃんを、亜由美はずっと好きだった。恋と言えるものではなく、幼心のままの好きという気持ち。噂は、それにほんの少し色を加えて、意識した。だが、加藤に会うと、噂が事実ではないと思うほど、彼は素っ気無く、亜由美はそのまま、加藤を心の底に、大切な思い出として仕舞いこんでいた。
 富美に教えられた養殖場へ行ってみると、先生は海にいる。と、教えられた。亜由美は、海へ向かいながら、なつかしい潮風を嗅いでいた。カモメが飛び、沖に漁船が浮いている光景。何にもない漁港の町。18までここで暮していたのだ。
 いいところじゃないの。
 どうして、あんなに東京に出たかったのだろう。
 私は、東京で何をしたかったのだろう。
 短大を卒業して、1つの会社で勤め続け、挙句の果てにリストラされる。そのための12年だったのだろうか。


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