逸美の部屋のドアの前に、大柄な男が立っていた。 逸美は、階を小さなプレートで4と確認する。逸美の足音に気付いた男が、ゆらりと振り向いた。見覚えのある、河馬のような顔。火のついていない煙草を咥えている。よく見たら、禁煙パイポだった。 「島田しゅ、課長。」 「おお、ごとちゃん。やっと見つけたぜ。」 島田は、ニヤリと笑った。 「見つけたって?もしかして、私のこと、探してたんですか?あ、まあ、どうぞ。あがってください。」 「あ、その、ダンナは?」 「えっ?あははは、いませんよ。一人です。ずーっと。どうぞ。」 逸美は、カラカラと大笑いをした。その顔を、意外そうな顔をしながら、島田は嬉しそうに見ていた。逸美が招いた部屋に、島田はのそりと入った。島田が立てば、狭い玄関がもっと狭く見えた。逸美は、小さいダイニングテーブルの上のノートパソコンを床に退け、手早く茶を淹れた。安い茶葉をおいしく淹れる技術は、自宅でも役立てていた。 「おっ、うめえなあ。ごとちゃんの茶は。」 島田は、おいしそうに啜った。 「どうしたんです?さっき、私のこと、探してたって。」 「あー、俺、35周年の祝典の宴会のとき、ごとちゃんが、自分の人事のこと知らないっつってたのにさ、当然のよーに、寿退社ってことになっててさ。はした金で、体のいいリストラしやがってたこと、わかったのよ。あんまりだよなぁ。俺、ごとちゃんに、長い付き合いの会社を信じろなんて、言っちまって、責任感じてたんだぜ。」 島田は、空にするたびにゆっくりと注ぐ茶を、飲みながら、悔しそうに言った。 「一言、あやまりたかったし、本当に、寿だったのか、知りたくてなぁ。はは、半年も経っちまったぜ。」 「寿じゃ、ないですよ。このとーり、ずーっと独り者です。」 「じゃー、なんで、会社の横暴なやり方、黙って呑んだ?」 逸美は、黙ってニコニコとケーキを開けた。 「島田課長も、相変わらずお独りですか?」 「は?ああ、はは、まーな。どうした?ケーキなんか?蝋燭?誕生日だったんか?」 「じゃ、食事して行って頂けませんか?今日、私のお祝いなんです。」 島田は、呆然とした顔をして、ニコニコしている逸美を見ている。うんうんと頷きながら、嬉しそうな顔する。 「あれから、私、派遣会社で○▼銀行に派遣されていたんですが、今日、派遣会社と話がついて、そのまま○▼銀行の社員になることが決まったんです。だから、お祝い。私の、社会人17年目の初めての祝い事です。これまでの17年を卒業して、新しい人生の門出です。是非、そうしたいんで、こうやって節目に。」 「そっか。そっか。ごとちゃん、俺は、いい時にごとちゃんを見つけることが出来たみたいだな。俺で良ければ、祝わせてもらうよ。おめでとう。頑張ってんだな。」 小さなワインのミニボトルも、独り分の食事も、小さなケーキも、二人の胃袋を満たさず、島田の提案で、外に出た。島田が抱えていた紙袋をチラと見る。興信所という文字が見えた。逸美の視線を感じ、島田は、逸美にポイとそれを渡した。 「見ていいんですか?」 「ああ、俺が、一人じゃあどうしても見つけられなくって、とうとう、頼んじまった。凄いな、さすがプロだよ10日もしたら、すぐに連絡が入った。」 逸美は、さっと目を通す。逸美の勤め先と、派遣先と、このマンションのこと、逸美がまだ独身で、男関係がないということも淡々と記載してある。自分のことを、こういう形で見るのは、何とも不思議な気分だった。 「ごめん。勝手に調べて、ごめん。」 「いえ…。」
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