机に戻って、パソコンを立ち上げる。 一通のメールが届いていた。本田人事部長から。 「あなたの退職願は、受理されました。退職日は、あなたの希望通り、4月30日とします。4月1日より4月30日までの21日間は、有休とみなします。なお、退職金につきましては、あなたの16年間に渡る、すばらしい功績を考慮し、2百万円を上乗せ、また、結婚祝い金に50万円を上乗せ致します。明細は、別表の通りです。長い間、お疲れ様でございました。」 こういう解雇の方法もありってこと。 会社の業績と今までの逸美の安い給与を考えると、250万円が、黙って引き下がれということなのか、と、思う。 社長の、さっきの握手。 逸美は、それでいいような気がした。 逸美は、荷物をまとめ、皆が大会議室で宴会をしている間に、会社を辞した。 とにかく、ボロアパートへ戻って、一人で泣きたかった。 半年後、逸美は派遣会社の応接室にいた。 「わが社としては、あなたのような優秀な方を手放すのは、惜しいところですが、先方の条件を飲むことにしました。派遣の人件費が高いからと、自社のバイトに切り替える企業は多々ありますが、まあ、流石、大手金融会社ですね。あなたを社員として雇用なさると言いますから。私どもも、欲を出して、あなたを独占するわけにはいきませんよ。」 「本当に、お世話になりました。今件も、快諾くださり、ありがとうございました。」 逸美は、柔らかい物腰で、丁寧に派遣会社の所長にお辞儀をした。 逸美が、飛び込んだ派遣先は、クビになった会社がたまに使っていたところだった。逸美の噂を知っていた所長は、逸美を雇用し、大手金融会社のデータ処理部署に派遣した。誰でも派遣できる場所ではなかった。 人とのトラブルも、トラブルとみなし、保証人に重大な過失を背負わせる。 こう、念書を書かされ、保証人になってくれた父と叔父の連名と実印を押したことも、逸美にとって、自己をセーブすることができた。逸美の頭の中には、美幸が見本として残っていた。仕事はロボットのように。そして、オフのときは、人間臭いオバサンに。逸美は、オバサンになることだけはしなかったが、オフを、思いっきりだらけることにした。 派遣に出て3ヶ月目から、派遣先企業が、顧客情報を逸美に扱わせるため、社員起用を派遣会社に提示していたのだ。協定は守られ、3ヵ月後に、派遣社員から、大手企業の社員になる。 逸美は、クビになった会社からもらった祝い金で、日の当たる鉄筋アパートに引越していた。 派遣会社からの帰り、派遣先会社のスタッフからメールが届く。 人事のアキから聞いた。よかった。派遣会社とちゃんと話しがついたようで、おめでとう。来月の社員旅行には、一緒に行けるね。今度、逸美さんの歓迎会、するからお楽しみに。 逸美は、携帯も替えていた。今度は、友達のアドレスもたくさん入っているし、毎日のように、メールをやりとりする友達もできた。 逸美は、自分用に、丸い小さな誕生日ケーキを買った。 「お名前、お入れしますが。」 「いつみちゃん。です。17歳の。」 「はい。いつみちゃん、ですね。蝋燭は、どちらに致しましょうか?」 見せられたのは、小さい蝋燭17本と、太い蝋燭に17という数字が描いてあるもの。逸美は、小さい17本を選んだ。 ケーキとミニワインを手に、部屋へ戻る。エレベーターはなく、階段で4階までゆっくりと上がる。L字型に3つ並んだ真ん中のドアが、逸美の部屋だった。
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