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作品名: 作者:津那

第3回   上司
 翌朝、出勤して驚いたことに、ロッカーが移動になっていた。美幸の隣。滅多に会社に来ない重役女達の部屋の中を、美幸が一人使っていた場所。その横に、逸美のロッカーがあった。今までのものより2回りほど大きく、化粧台スペースまでついていた。
 企画統括室の自分の席に行くと、広がもう着座していた。
 ビシッと、整頓されている岡田の荷物。スーツをきちんと着て、パソコンを睨んでいた岡田は、逸美の小さい声の挨拶に、顔を向け、立ち上がった。スラリとした長身。洗練された優雅な身のこなしに、逸美は改まった。
「おはよう。岡田です。今後ともよろしく。」
 握手を求められ、逸美はおずおずと手を差し出した。
「よろしくお願い致します。」
 岡田は、椅子に座り、パソコンを立ち上げる逸美を見ていた。
 逸美は、お茶の用意をしようとして、昨日、セットしていたマイポットを探した。
「あんなもの、仕事には関係ないでしょう。取っ払ったけど、あれ、あなたの私物ですか?」
「あ、はい。そうでした。でも、課長が、必要ないと仰るなら、取っ払っていただいて結構です。お手間を取らせて、申し訳ございませんでした。」
 逸美は、頭を下げた。
 社内では、ボリボリ菓子を口に頬ばったまま仕事をするのが当たり前で、事務員は、マイポットを共有していた。
「この会社の文化のようなものですから。改めるつもりはないが、少なくともこの部屋だけは、僕の好きにして良いと、仰って頂いてるのでね、君には協力してもらいたい。私語、私メール、飲食は禁止。ま、君のことは伺っています。敢えて、指示する必要はないということも。ですが。」
 試すような、広の視線に、逸美はドギマギしながら、はい、と畏まって返事をした。
「仕事の指示は、メールで出してある。」
 そう言うなり、広は、パソコンに目を落とした。
 逸美は、あわててメールを開く。
 会社が企画統括室を立ち上げた趣旨と、社内への通達文書の後に、岡田が社へ配信した、目標と目的、指針が続く。逸美のルーチンワークは、会社の資料作りとなっている。
 確かに、これでは事務室にいる必要はない。資料室と書庫が隣接するこの場所が、最適とも言える。
 毎日1時間づつ、他部署からの情報収集のための会議が設定され、岡田がカレンダーを作成していた。問合せ窓口は、その1時間だけで、12の部署が指定を受けた1時間だけ、調査に応じるというもの。逸美にとって、骨の折れる仕事である。聞きたいときに聞けるものではない、という、暗黙のルール。聞けるときに、必要なことを漏らさずに聞き出す。相手に資料作成をさせることにもなるが、逸美の依頼通りの資料を相手が作成できるとは限らない。作成させても、次の1時間まで待たねばならない。その計画も重要な仕事である。しかも、資料作りには、綿密なスケジュールが組まれている。これをクリアするには、相当の準備を要しそうだった。
「目を通したようだね。」
「はい。あの、私は、平社員です。私の依頼に応じて、相手の部署の方が、必要な情報を提供していただくためには、相応の権限が必要かと思われますが。」
 岡田は、目を細めた。
「その通り。指示は、私が出す。」
 ということは、カレンダーが締切日ではなく、岡田の目を通させることになる。
「課長に、目を通していただくための時間は、どれくらい要りますか。」
「君の精度にもよります。」
 逸美は、口を噤んだ。
「課長の、スケジュールを教えていただけますでしょうか。」
「よろしい。私のスケジュールに入れるアクセスコードを教えます。これで、確認しなさい。」
 瞬時にメールでコードが送られ、アクセスすると、緻密なスケジュールが記載されてあるし、閲覧記録が残るようになっている。これでは、間に合いませんでした。などという言い訳が立たない。
 こんな上司を望んでいたはずなのに、逸美は、身震いした。
 コツコツ、と、部屋をノックする音の直後に、美幸が現れた。
「岡田課長、田宮様のお見えになる5分前です。」
 美幸が、資料を岡田に渡す。
「お茶は、後藤君に運ばせて。」
「かしこまりました。」
 美幸が、去って行く。
「お茶を運んだ後、同席しなさい。2分以内に、お茶を届けること。いいですね。」
 はいと、返事をした後、田宮という名前の記憶をたどる。逸美は、給湯室に向かいながら、やっと相手の社名と繋がった。
 田宮が会社を出たのは、45分後だった。その間、逸美は岡田の横で岡田の知らない会社の内部、製品のことなどを岡田にフォローした。応接室を片づけた後、岡田のスケジュールを確認する。社内の会議にも同席すると、資料をまとめる時間はごく僅かになる。
「アルツの対談の議事録、提出するように。これが、フォーマット。」
 岡田からフォーマットが届く。ほぼ空白の書式。
 それから、岡田から、社内会議出席のための資料つくりも指示される。事前に会議の内容を調べ、岡田に必要な資料を事前に目を通せるように渡す。そして、社内会議にも岡田と一緒に出席し、議事録を作成する。
 岡田と一緒に仕事をした1日目で、逸美は、目が回りそうだった。フラフラの気分で、更衣室に行く。着替えを済ませた美幸がいた。
「お疲れ様です。」
 美幸が、頭を下げた。


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