10月吉日。 提携企業から、岡田広が、交換社員として入社して来た。配属先は、事務課長。提携企業では、企画部長を兼ねた営業部長の一人と聞いているのに、事務課長とは。合併か、と、男性社員は噂した。 岡田広は、45歳。離婚暦有り、子供なし。 シャープな顔は、どこか冷たさがあるが、笑った目の奥は優しそうに見える。控えめで大人しそうな感じ。逸美の印象は、悪くなかった。 広が、1ヶ月の社内研修を終えた日、どかどかと、やって来た男性社員たちによって、不在の課長席と、逸美の席が運び出しされて行く。 「どういうこと?私、聞いてないです。どこへ持って行くの?」 いつもは、逸美の目を避けるようにし、逸美の機嫌をとりながら仕事をおずおずと依頼してくる若い男達は、半分笑いながら、逸美の机の中の荷物を無造作に扱い、黙って運び出す。 「ちょっと、何とか言いなさいよ。工藤君。」 最若手の工藤の肩をポンと叩いて、逸美が言うと、 「すみません、俺、ただ、運べって言われてるだけで。」 目を合せずにペコペコと頭を下げ、事務室から離れた場所へ移動する。食堂隣の倉庫があったところに、小さな部屋が設けられていた。2つの机と3つの空の資料棚が運び込まれて、部屋はいっぱいになった。 「じゃ、失礼します。」 工藤が小さい声で言い、他の男は無言で去り、ドアを閉めた途端に大笑いしている声がした。 「どういうこと?」 逸美は、放り出された荷物と、乱れてしまった机の中身を整理しながら、呆然としていた。 パソコンと電話の接続をしに、業者の男が2人やって来て、黙々と作業をする横で、逸美は、呆然と立っていた。 事務所に戻ってみると、配置換えが行われていた。 不思議なことに、東課長が戻っていて、逸美の後輩たちと、経理のパート主婦達が机を並べている。和気藹々とした雰囲気で、男性社員が快活に話しながら、机を丁寧に動かし、後輩達の机の整理や、パソコンと電話の接続も、男性社員がニコニコしながらやっていた。 逸美の存在に気付くと、話し声が途絶え、後輩達はそわそわとしたそぶりで荷物を整理し、男性社員は無言になった。 「ああ、後藤さん。企画統括室の準備は出来たの?」 「企画統括室?何ですか?それ、いったい、どういうことです?私、何も聞いていませんけど。」 「あれ、おかしいな。岡田課長、何も言わなかった?」 「岡田課長とは、研修に行かれてから、一度もお会いしてません。」 「ふーん。そうなの。」 東の口元に、隠せない笑みが見える。男性社員の肩が笑いを堪えているように震えている。 「あ、私、お茶いれますね。」 女子社員が、事務室を3人で飛び出した。事務室のドアが閉まる前に、キャハハハという笑い声が聞こえた。 逸美は、自分の机が運び込まれた部屋へ、憤慨しながら歩いて行く。食堂にいた、営業の島田が、煙草をくわえたまま、ぼんやりとした顔を逸美に向けた。 「何、カリカリしてんの?また、誰かの後始末、してあげてんの?」 逸美は、感度の鈍そうな、島田の顔を睨む。 「知ってました?島田主任。企画統括室って。」 島田は、煙草の煙をぷーっと、口から悠長に吐き出し、 「あー、何、ごとちゃん、自分の配属先のこと知らなかったの?」 「えー、皆知ってたの?だって、誰も、私に言ってくれないんだもん。わかるはずないですよ。」 島田は、また、煙をぷーっと吐き出した。 「企画統括室の室長は、課長職の岡田さんだよ。で、君と二人の部署。先月の中旬くらいに、発表されてるよ。内辞だからね、公表はされてはなかったけど。」 逸美は、食堂の椅子に座り込んだ。 「…どんな部署なの?」 「さあねぇ、岡田課長は、交換社員だから、提携会社の人でもあるだろ?会社がどんなこと考えてんのか、ま、ごとちゃんを起用してるんだから、間違いないんじゃないの。」 島田は、ゆらりと長身の体躯のいい体を起こして、立ち上がった。脱いでいたジャケットを肩に担いで、歩きながら、逸美の肩を大きな手でポンと叩いた。 「お互い、この会社とは長い付き合いなんだからさ、ま、信じろよ。君の能力が、生かせるんじゃないの。」 逸美は、河馬のような島田の顔を見上げて、唇を尖らせた。 ははは、島田は笑いながら去った。 逸美は、自分の席に戻った。 ガランとして無造作に机の上、床に散らばった荷物を片付けながら、接続されている自分のパソコンを開き、メールを見た。 人事から届いている、事務的なメール文に、辞令、が淡々と述べられていた。長年使い古した、内線番号も変わっていた。 変わっていることを細部まで確認しながら、企画統括室が、かなりの権限をもってあらゆる部署に、調査ができるということがわかって、不貞腐れていた気分が、晴れた。 逸美は島田の言葉を思い出して、立ち上がって、掃除を始めた。 空のままの岡田の席も、丁寧に整頓する。 その日、定時を過ぎても待ったが、岡田は部屋に戻って来なかった。
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