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作品名: 作者:津那

第1回   出逢いがない
 容姿端麗、頭脳明晰、文武両道。
 確か、一番目の容姿端麗という評価は、両親からのみだが、後は、小学生くらいの頃から、後藤逸美についての表現だった。
 完璧。
 逸美にとって、36歳の今まで独身で、28歳で男と別れたっきり、8年間も男との恋愛らしい恋愛をしていないことが、意外な展開だと思っていた。
 まったく、世の男どもは、全く見る目がない。
 入社したての数年間で、肩を並べた友人達は会社の男の妻となって消えて行った。残った男はカスばかり。河馬に似た顔の、大柄な体躯をしながら存在感の希薄な男、島田だけが、逸美に対して昔と変わらぬ口を利いた。逸美にとって、島田はただのカスだ。あの頃つるんだはずの他の男は口さえ利かないし、今では、奥さんにも飽きてしまって他の女との恋愛さえ夢見ているカスになってしまっている。
 まったく、どいつもこいつも。
 で、逸美をときめかすことのできる男は、皆、妻帯者だった。
 いい男って、皆、お荷物背負ってるんのよねー。
 逸美は、心の底では、「不倫っていうものもいいかも。」と、そういう危険な発想をしていたにもかかわらず、とにかく、8年間の日照りは事実だった。
  
 オフィスを、逸美は5.5センチヒールのパンプスできびきびと立ち回り、メールでひっきりなしに仕事が舞い込み、その処理スピードと正確さでは、社内で知らぬ者はいない。
 難しい依頼、確実性を要求される仕事は、後藤に言え。
 その、役割は十分逸美を生かしたと、思う。

 なのに、逸美がトイレに行くと、逸美が出てくるまでは、ひっそりと静まり、給湯室でも、逸美が近付くだけで、蜘蛛の子を散らすように消える。
 逸美は、社長のお客用のお茶の準備をしていた。
 安い茶葉をゆっくり時間をかけて適温で蒸らし、丁寧に淹れる。給湯室の中で、待つように言ってあるのに、美人秘書で名高い、明津美幸は、直立不動の姿勢で、給湯室の入り口横に立っている。
「ありがとうございました。」
 美幸は、逸美が淹れた茶を、スッと優雅な態度で受け取り、ヒールを履いているのに、足音を忍ばせているかのように、小さい足音で、しかも優雅に歩いて行く。
 美幸は転職者で、37歳、年上だが、家庭を持っていた。夫と2人の子供に恵まれている女。独身の頃、どこかの大手企業の重役秘書の経験者という触れ込みで、社長が事務員として応募して来た美幸を2ヶ月弱で秘書に起用していた。
 2ヶ月弱の間、事務員の筆頭である逸美が、仕事を教えた。
 頭が悪い。それが、逸美が下した美幸への評価だった。経理の経験も多少あると言っていたのは、まるで嘘かと思うくらい、愚鈍だった。電話の応対も、馬鹿丁寧なだけで、要領を得ないし、わからないなら、聞いてくればいいのに、自分で処理しようとする、どうしようもない、馬鹿だと。逸美ははっきり、課長の東にも伝えたはずなのに。
 秘書、そういうものが、いるほど、大きい会社でもあるまいし。
 逸美が、社長の大事な客人には茶を出すのが、長年の習慣だった。社長が、美幸にその役をさせようとしても、あの安物の茶葉から、まともな茶を美幸が淹れられるはずはないと、逸美が淹れ、美幸が持って行く。そういう仕組みにしたのは、逸美だった。
 美幸は、逸美の後輩である、若い事務員たちにも人気があった。逸見が無視している、パート主婦経理たちと、つるんでいる時なんか、スーツを着たただのオバサンにしか見えない。
 逸美は、美幸からの仕事の依頼については、難癖をつけて、してあげないようにしていた。重役が、気付くようにしてあげないと。あの女が無能だってこと。
 東課長が、あの女から逸美に依頼された仕事を、コソコソとやってあげているのに気付いたとき、逸美は、信頼しかけていた東への気持ちを、一気に改めた。
 男というだけで、課長として逸美の上司であるが、仕事は、逸美がいないと回らない。確かに、美幸からの仕事など、東だってやれるレベルのものだけど。コソコソと、やってあげている態度が気に入らない。
 だから、逸美は、自分に回ってきた、難しい仕事を、東に回した。東が、情けない顔をして、逸美に助けを求めたが、無視した。

 しばらくして、東が配置換えになった。
 また、課長不在になる。
 逸美は、直接、三浦部長へ甘えられるようになり、嬉しかった。
 同じ年の36歳。2ヶ月お兄さんの、三浦和馬。既婚者で、子供もいるが、生活臭のない男。5年前に平で転職して来たのに、3年で重役にのし上った男。切れ者で、仕事で、逸美を唯一助けられる男だった。
「ごとちゃん、このくらいの仕事、さっさと済ましちゃえるだろ。僕の助言なんか、君ほどの頭があれば、いらないはずだけど。」
 難しい仕事で、中間報告と、今後の指示を求めたら、ニコニコと笑って和馬が囁くような喋り方で、言う。
「まあ、そうなんですけど、一応、上司ですから。」
「そうやって、可愛い態度で課長にも接してくれたらね。」
「だってぇ、三浦部長みたいに、頭良くないんですもの。」
 逸美はもっと喋りたかったが、笑いながら和馬が、視線を別の仕事に向けたので、逸美は、自分の席に戻る。
 斜め後ろを振り向かないと、和馬の顔が見えないのは、逸美にとってつまらない。
 和馬は出張が多い。
 和馬の出張に、逸美と後輩達が同時に、不服の声を漏らす。
 後輩達を見向きもせず、逸美の肩に手を置き、
「ごとちゃん、行ってくるね。」
 それだけで、逸美の機嫌は保った。


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