突然降り出した雨を避けて、咄嗟に入った軒は濃灰色のシャッターが降りていた。 「山白屋」すすけた看板がシャッターの脇に寄せられていた。 美味しいパン屋さんだったのにな。 久し振りに通りかかったくせに、2~3度だけ買ったことのあるパンの味を惜しんだ。軒先に雨宿りしてやっと、そこがパン屋であったことを思い出したに過ぎない。「閉店」の剥がれかけた張り紙を見て、その店が消えてしまったことを残念に思った。 天気予報じゃ、降水確率30%だったのにな。 分厚く垂れ込めた雲を見上げながら、携帯で時刻を確認した。 仕方ない。止むまで待とう。 人通りの少ない商店街。過疎化が襲い始めた通り。 駅が2km移動して、幹線道路に直結したのが8ヶ月前。4車線道路の周囲に真新しい街並みが急ピッチで造られてゆくにつれ、かつての商店街は寂れて行く一方だった。 商店街の外れの古い路地に、12年間住んでいる木造モルタル2階建てアパートがある。商店街と一緒に、時代に取り残された部屋。 こんなはずじゃなかった。 私だってイザとなれば、それなりに…。 そのうち、現れる私だけの王子様を待って、12年、じきにいらなくなるはずの安物の家具と、じきに住まなくなるはずの部屋で、くすぶり続けている春香は、濡れそぼった髪から滴る水滴と、ジワリと冷たく体温を奪う濡れた服に包まれて、独り震えていた。 誰も通らない道を、忌々しそうに見回して、正面の古い陶器屋のオバさんがシャッターを降ろした。 あの店の陶器、埃で黒ずんでいたっけ。 叩きをかけ手入れすることを忘れた商品は、どれもこれも、ずっと同じところに同じ ように、ただ、陳列されているだけだった。 あの店主のオバさんは、自分の店の陶器が売れないのは、駅が移動して人の流れが変わってしまったせいにしているんだろうな。忌々しそうに周囲を見ていたオバさんが、酷く醜いと思った。 寒い。 寒さに両肩を抱いた春香は、自分の地味な服装を見下ろした。 埃で黒ずんだ陶器。いつか客が来て磨けばそれなりに商品として価値があるものだと、あのオバさんが確信している陶器。 いつか王子様が現れたら、華やかな服を買って、洒落た美容院に行って、お洒落をするつもりだった自分と重ねた。 「ははは。」 笑い声が漏れた。いつも、心の中だけでぶつぶつと呟いていた春香は、自分の笑い声に勇気付けられるように顔を上げた。 そういえば、新しい通りに出来た美容院の評判いいって聞いてたっけ。 春香は、雨の中を、駆け出していた。 新しい駅の真向かいに、「山白屋」の真新しい看板を見つけた。すすけた商店街のすすけた店が、小洒落た今風の店舗になって、ちんまりと新しい街に馴染んでいた。 クスッ、春香は微笑んで、目指す美容院へ向かって、駆けていた。
|
|