卓郎は、真弓に積もった雪を、ハンカチで払いながら、 「夢に向かって一生懸命って、素敵なことだと思うよ。」 卓郎が、真剣な顔で言う。真弓の目から涙が溢れた。 「・・・俺、自分の夢に向かって頑張ってる君が、キラキラして見えたのかもって思う。」 「不謹慎なんだ。俺。」 卓郎は、雪の積もったベンチに腰を下ろした。 「…俺さ、電車で痴漢見たの、この前がはじめてじゃないんだ。何度か、見たことがある。でも、助けなきゃって思っても、行動しなかった。大学を卒業して、ゼミの先輩が多く就職したからかな。成り行きのような感じで警察に入った。忙しいところでね、自分が何をしたいとか、考える暇がないっていうか。しなければならないことだけが、降ってきて、こなしてただけ。目の前で、痴漢がいても、仕事のときは当然のように立ち上がるのに、オフのときは、見て見ぬふりさ。トラブって、警官ってわかったら面倒だなって思うと、何もしない。でも、この前、俺は、無意識だったな。何も考えず、行動してた。あの後、本当に、送ればよかったかななんて、考えたりして。綺麗な子だったから助けて、送って、近付けたらいいかななんて、考えてたのかなぁなんて、君に、もう一度会いたいなんて思いながら、反省していたんだ。」 卓郎は、真弓の顔を仰ぎ見た。真弓は、藍色の空に向かって、卓郎の声を聞いていた。 「…私、助けてくれたのが、あなたで良かったって思うんです。不謹慎でも、私、嬉しい。」 フワリと、真弓の背後から、卓郎が抱きしめた。温かい。 「また、君に会えた。…不思議だ。偶然とは、思えないよ。」 携帯が鳴る。母親からだった。時刻は23時を回っている。 「…バスに乗って帰りながら、今、下野なの。歩いて帰ってるの。知っている人に偶然会って、送ってもらってるから大丈夫。…うん。男性。…違う。伸也はない。…うん。わかった。」 卓郎と真弓は顔を見合わせて笑った。石段を駆け下りる。真弓のブーツがツルリと滑り、後方にいた卓郎が抱き寄せた。 「慌てないで。滑るだろ。ほら、急いで帰ろう。」 卓郎が前に回り、真弓の手を引いた。手をつないだまま、歩く。 「…あのね、中村さん、母が、寄ってもらえって言うんです。」 「そりゃ、こんな時間だからね。家まで送るよ。」 それからの約1kmがとても短い距離に思えた。 自宅のマンションに、卓郎を案内した。玄関に、母と、父も一緒に待っていた。 二人とも、卓郎を見て驚きながら、卓郎を招き入れた。 痴漢に遭った話と、二度もこうして助けてくれたことを知ると、両親の態度が一変し、持成し歓迎に切り替わる。卓郎が刑事だと聞いて、消防官の父は、粗相を崩して、二人して話しこむ体勢に変った。 母が、真弓に微笑む。 「伸也君とは、どうなってるのよ?中村さん、いい方みたいじゃないの。伸也君のこと、知ってるの?」 「伸也から、振られたんだ。」 「ええ?いつ?」 「私。別の女を見せつけられた日に、中村さんに会ったんだもん。中村さんには、伸也のことも話したよ。送ってもらいながら。」 「ふーん、じゃ、これからなのね?彼とは。」 「うん。多分。よくわかんないけど、私は、あの人、好きだよ。お母さん。」 「了解。お母さんも、応援するね。さ、お鍋運んで。」 「はーい。」 完
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