バスが到着し、後ろの人に押されるようにして、ギュウギュウになりながら奥へ流される。自然と、真弓は卓郎に抱かれる形となり、そのまま、押されて密着する。卓郎の長身の顎が、真弓の額に当たる。真弓の胸がキュウンとして息苦しくなる。 揺れるバスの中で、卓郎の腕に抱かれるようにして真弓は少し目を閉じた。 ギュウギュウのバスの中、不思議なくらいに静かな空間。バスの軋む音と、エンジン音と、窓の外の雑踏が聞こえる。 路線バスは、いくつもの停留所で少しづつ乗客を吐き出しながら、ギュウギュウが解かれて行く。それでも、真弓は卓郎の腕の中にいた。卓郎が離さないのか、真弓が離れないのか、わからないけれど、そのままだった。 「次、降りない?少し、歩きたい。」 卓郎が、真弓の降りる停留所が近くなりつつあるとき、囁いた。 あれほどの時間、駅で一緒にいながら、連絡先さえ交換していない。真弓は頷き、二人で降りた。 「多かったね。キツクなかった?」 バスの中が蒸し暑かったからか、卓郎は頬を赤くしていた。 「いえ。大丈夫です。」 真弓が言うと、卓郎は、ポケットから携帯を取出した。 「俺の連絡先。」 真弓も携帯を取出し、交換する。 「…彼氏、いないって本当?」 「はい。いません。」 「…俺、また、会いたいんだけど、連絡しても、いいかな?」 「はい。」 真弓は、顔を赤らめる卓郎を見上げた。会って二度目とは思えない親近感がある。 ゆっくり雪の積もった道を並んで歩く。 「…美容師、目指してるんだ?」 「はい。学校、もうすぐ卒業なんです。国家資格がとれたら、そのまま、バイト先で助手ができます。」 「そっか。頑張らないとね。」 「はい。…あの、中村さんは、公務員って、どんなお仕事、されているんですか?」 「あー、警官。…刑事なんだ。」 「え?あ、あの、ドラマとかに出てくる、刑事さん?ですか?」 「あー、あんなに格好よくないけど、実際は地味な、もんなんだけど。」 「凄い。」 「いや、凄くないよ。」 卓郎が困ったような顔をしたから、真弓は卓郎の仕事についてこれ以上聞くことを止めた。卓郎には似合うような気がする。だから、助けてくれたのかな。 「あー、私、この辺歩くの久し振りです。駅とはこっち、逆方向なんですけど、中学の校区なんです。友達が、あそこの松井団地に住んでて、よく来てたんです。…寄ってもいいですか?この上に小さい公園があるんです。」 真弓が、道の上の崖を指した。雪の積もった石段があり、上は小さな展望台のような公園がある。卓郎はニコニコと頷いて、一緒に石段を上がる。 石段の上の雪を踏みしめながら上がり、ベンチが3つ並んだだけの公園の、薄く真っ白に積もった雪の上を歩く。外灯に照らされて、空中に突き出たような公園から、藍色に白い雪が降る空が見えた。 「あ、キレイ…。」 真弓は、空に腕を突き出した。雪がふわりと真弓の掌に舞い落ちる。 「あそこが、中学?」 団地の中腹にある校舎を指差して、卓郎が聞き、真弓はなつかしそうに頷いた。 「…私、中村さんに始めて会ったあの日、振られちゃったんです。」 真弓は、卓郎に言う。 「いつも、二人で待ち合わせに使ってた改札口は、いつも同じ時間に、私が通ることを知っていて、新しい彼女と二人で、改札口のところに、凄く、目立つようにしてイチャイチャしてたんです。…私、悲しくなんか、なかった。自然消滅なんです。ずっと、連絡がないことにも、慣れている頃だったし。…どういう別れ方をすればいいのか、わからなかっただけだったんです。あっちから、あんな形で見せられて、私、ホッとしたのかもしれない。」 真弓は、藍色の空に向かって、続ける。涙が頬を伝い、声が震えるけど、続けた。 「同じ高校だったけど、進路が違って。私、勉強とバイトに熱中しちゃって、彼氏といるよりも、学校とバイトの方が楽しかったっていうより、なんだか、遣り甲斐みたいなの感じて、私が、小さい頃からずっとなりたかった美容師に、現実的にどんどん近付くから。それで、夢中になってたんです。…コンパとか、サークルとか、友達に誘ってもらって、何度も遊びに行く機会が、私にもあったけど、行かなかったのは、彼氏に義理立てでもなくって、バイト休んでまで行く気がしなかっただけなんです。…そんなこと、考えてたから、私…、彼氏に新しい彼女が出来てることさえ、気付かないし、気にしなかったし。」 真弓は、卓郎を振り向いた。 「そんなとき、あの電車の中の痴漢。私、凄く、惨めだった。何で、何でって、思ってたんです。あなたが、助けてくれるまで、私、不貞腐れていたんです。」 真弓は、卓郎の優しそうに聞いてくれている目を見て、微笑んだ。
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