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作品名:snow 作者:津那

第3回   再会は偶然に
 電車に乗り、一駅戻り、いつもの道を自転車で自宅へ戻りながら、真弓の脳裏には、今日、別れの宣告のように見た伸也の女連れのシーンよりも、さっきの、照れくさそうに苦笑いをした男の、姿と声が、占めていた。
 フッと、笑みが零れる。
 自宅に着いて、携帯を取出し、伸也用のフォルダと履歴を削除した。
 ピ。短い電子音。
 真弓は、居間から聞こえるTVの音に向かって歩きながら、母と姉の談笑に、いつものように混じって行った。

 同じ専門学校のクラスメイト、入学した頃からの友達、美紀が、佳代子と一緒に深刻そうな顔をして、駆け寄って来た。
「あたしたち、昨日、伸也君見たよ。」
 二人の顔色から察して、女連れのところを見たんだろうとわかる。
「あ、別れたんだ。あたしたち。」
「え?」
「伸也、新しい彼女と居たのを見たんじゃないの?」
 真弓のサバサバとした口調に、二人は奇妙な顔を一瞬で崩した。
「なーんだ。いつ、別れたのよ?」
「うーん。自然消滅。」
「…自然消滅…、そ、なの。」
「うん。」
「あ、私のバイト先に、彼女募集中の、けっこういい人いるんだ。」
 佳代子が言う。
「へえ。どんな人?」
 美紀も、佳代子も、現在進行形の彼氏がいる。
 佳代子のバイト先のその男性の話に、花が咲く。具体的じゃなく、こうやって、話のネタにするだけで楽しい。
 美容師の専門学校に通い、真弓も佳代子も、美紀も、見習いという名で、美容院へ雑用としてバイトをしている。佳代子だって、バイト先とはいえ、そのまま就職をしたい店なのだ。そこの人と、雑談以上に彼女募集中が本格的であるはずもないことを、互いに熟知している。真弓は、友達の気遣いが嬉しかった。

 12月になり、バイト先の店が忙しさを増す。真弓の雑用も繁忙を極めて行き、21時を回って店を出るようになっていた。
 改札口を入り、ラッシュではない代わりに、本数の少なくなった電車を、ホームに立って待つ。コートの襟を立てても、じっとしていれば寒さが堪える。ファーの襟巻きの中に顎を埋め、手袋をした手を合わせて擦りながら、コツコツとホームでゆっくり歩いていた。
 冷えると思ったら、雪がチラチラと舞い降りて来るのが、ライトの光で見えた。
「…三沢駅で人身事故の為、只今のところ、21時21分発本宮行き電車は、約20分の遅れの見込みです…」 
 構内アナウンスが響き、真弓はホームの時計を見た。
 改札口に戻り、コンビニに入った。温かい。コンビニは電車を待つ人で込み合っていた。誰もが同じことを考える。真弓は、ホット珈琲を持って、レジに並んだ。
 ふと、隣のレジの列に並ぶ人の中に、浅黒く無骨そうで、優しそうな、あの人を見つけた。真弓に気付いていないと思う。雑誌と珈琲缶を握っていた。
 真弓と、あの人は、ほぼ同時に清算を済ませて、同時に出口に向かう。
「やあ。」
 低く、小さな声が、真弓の頭上から聞こえ、真弓は振り向いた。
 トクンと、胸が鳴った。あの人は、この前と同じ、照れたような顔で、ニッコリと微笑む。
「こんばんは。お久し振りです。」
「あ、遅れてる電車で、待ち組み?」
「はい。」
「30分遅れってアナウンスだったけど、復旧の見込みは立っていないらしいよ。」
「え?そうなんですか?」
「バスで帰るのが速いか、電車の復旧が先になるか、考えていたところなんだ。」
 真弓は、改札口越しに、バス停を見る。列が出来ていた。
「…今、帰り?随分遅いね。危ないなあ。」
 男は、心配そうな顔で、真弓を見る目が、とても優しい。トクン。胸が鳴る。
「今日は、近くまで送ってあげるよ。あ、俺、中村卓郎。仕事は公務員。妖しい男じゃありません。」
 卓郎は、自動車免許証を見せて、ニッコリ笑った。トクトクン。また、胸が鳴った。
「私、鶴田真弓です。鷹花美容専門学校2年で、イ・マージュってお店で見習いのバイトしています。」
「専門学校2年生。じゃ、もしかして、未成年?」
「はい。」
「けしからんなぁ。この前の変態オヤジ。今日は、遅くなりそうだから、絶対に送るよ。」
 卓郎が真面目そうな顔で言う。真弓は、ニッコリと微笑み、ペコリと頭を下げた。
「はい。よろしくお願いします。」
 駅員が、改札口の傍の掲示板に、手書きの大きな紙を掲示した。
 卓郎の言う通り、電車は復旧の見込みが立たず、遅れ時間の予測不可能の説明が記載されている。
 改札口の向こうは雪が舞い、バスはいつもより満員で、乗車漏れが起きていた。
「バスの方が確実そうだね。」
「はい。」
 真弓は卓郎について改札口を出た。
 卓郎に聞かれるまま、真弓は自宅の地名を言う。運良く、真弓のバスの路線に、直通で卓郎の自宅傍へ行くものがあった。長蛇の列の最後尾に並ぶ。
 風が吹き、珈琲で暖めたはずの体に寒さが走る。
「また、会えるとは思っていなかったけど。」
 卓郎が、優しい目で、真弓を見る。横に並べば、卓郎の背は高い。肩がガッチリしているのにしなやかそうな体躯をしている。トクントクン。胸が鳴る。
「心配してた。無事に帰れたかなって。」
 クスクスッ。真弓は自分が、次の言葉を期待していたことに気付いて笑った。
 生年月日を見て知った。7つ年上の卓郎にとって、19歳の真弓は、また、電車の痴漢の餌食にされそうだった女の子を、助けて、心配する対象で、それ以外、ないはずなのに。偶然の再会で、何を期待したというのだろう。真弓は自分を笑いたくなった。
「はい。助けていただいたお陰で、無事に帰れました。」
 卓郎は、ニコニコしたまま頷き、真弓の顔を覗き込むように見ている。


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