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作品名:snow 作者:津那

第2回   正義の味方参上
真弓は、携帯をバッグに仕舞い、顔を窓の外に向けた。
真弓の降りる駅が、次の次というところで、然程密着していない車内なのに、ピタリと真弓の背後に立った男の手が、腰から尻にかけて奇妙な動きをしているのを感じた。
真弓はバッグを肩の上げながら、身を捻じって態勢を変える。男が密着したまま、真弓の態勢に添うように動きながら、露骨に尻を撫でた。真弓は振り向いた。7pヒールのブーツを履いた真弓と変らない身長の中年男が、卑下た笑みを浮かべて真弓を見た。手で真弓の腰を露骨に撫でる。どうだ?という顔。吐き気がする。
真弓はドンと、周囲の人を体で突き飛ばすように、その場を離れた。突き飛ばした形になったオバサンが、ジロリと眼鏡の奥から真弓を睨んだ。真弓はそのまま、容赦なくオバサンを押すように、離れた。オバサンは、真弓を振り向いて睨んでいるが、彼女のお陰であの変態男との間に隔たりができた。
 真弓は次の駅で降りるのに、車内の奥へ入ってしまったことになる。
 間も無く、電車が駅の構内に入り、階段を通り過ぎて離れて行くのが見える。
 外は雪が降り始めていた。
 階段に遠いこの車両からは、降りる人はいない。
 開いている扉めがけて真弓が歩いたが、そこに、さっきのオバサンが立ちはだかったまま動かなかった。
「すみません。降ります。」
 真弓は言うと、彼女は初めて気付いたという顔で見て、ジワリと体を避ける仕草をしたが、扉が閉まった。真弓は、彼女にくっつく形で、車内に残され、電車は発車した。
 降りますと、言って、降りられなかった真弓に、幾種かの複雑な視線が集まる。
 真弓は顔を上げ、そのまま吊広告に目を走らせた。
 ゾワッ、背後から乳房を触られた。真弓にペタリと寄っていた先ほどのオバサンが、ギョッとして真弓の頬の横から、痴漢を見た。体をずらし、真弓を逃がしてくれる。先ほど真弓を睨んでいた目が、優しさを帯びる。真弓は、それでも伸ばされた手が尻を撫でるのを感じて、振り向いた。さっきの変態男だった。

 真弓と変態男の間に、体を捻じ込んだ男がいた。真弓に背を向けて止まった。
 ダークブラウンのコーデュロイジャケット。高い位置の広い背中。
男の横に変態男が回りこもうとしたとき、真弓の頭上から
「いいかげんにしたらどうです。嫌がっていますよ。」
と、低く小さい声が聞こえた。
 電車は速度を落とし、ホームへ滑り込む。
 真弓は開く扉の傍まで、体をずらした。
 扉が開き、幾人かの降車客の流れに乗って降りた。乗り降り客の多い駅の構内を、真弓は戻り車線のホームへ向かう。
「ちょっと、呑もうよ。」
 真弓は肩を掴まれ、振り向くと、先程、真弓の胸や尻に固執した変態男が、ニヤリとした顔を近づけた。真弓は、降りかけの階段を駆け下りると、男がついて来る。真弓は恐くなって、真剣に走った。男は、まるで追いかけっこを楽しむように付いて来る。真弓は自分のブーツのヒールの高さを呪った。
「さっき、喜んでたろ?釣れなくするなよ。」
 変態男は奇妙な顔をして、真弓の腕を掴んで引き寄せた。凄い力に、真弓は怯んだ。
「美咲。よぉ、美咲、何やってんだ?」
 美咲と呼んで、真弓に近付いたのは見知らぬ男だが、先ほど、電車の中で真弓に背を向けて庇ってくれた男の声と、後姿のダークブラウンのコーデュロイジャケットが似ていた。
「あんた、誰?」
 男が真弓の傍に立ち、上から挑むような口調で変態男に聞いた。
「あ、いや、別に。」
 変態男はそそくさと去った。真弓はほっとする。
「あの、ありがとうございました。確か、さっき、電車の中でも、助けていただきましたよね。ありがとうございます。」
 振り向いた男の顔をチラリと見て、真弓はお辞儀をした。
「あ、いや。嫌がってたかなって、思って。」
 男は、照れ臭そうに、小さく、低い声で言い、ぎこちなく微笑んだ。
「はい、ほんっとに、嫌だったんです。助かりました。」
 言いながら、ほっとしたのか、真弓は自分の声が震えているのに気付いた。涙が目から意に反して零れ落ちる。男は、慌てて所在無気に困った顔をしている。
「あ、ああいう奴、いるんだよね。ほんっとに。…ね。」
 ね。と言われて、真弓は思いっきり頷く。そして、クスッと笑った。男も釣られて笑う。
「あ、一駅、乗り越しちゃったんじゃないの。」
「あ、はい。」
「あの、俺でよかったら、その、送ろうか?」
 男は自分の言葉に、自分で驚いたように、慌てて、
「あ、あの。俺、妙なこと考えてなんかないから。さっきみたいなこと、あったらいけないと思って。俺、これでも少林寺やってるし。帰るだけで急ぎの用もないし。…。」
 クスクスッ。真弓は笑った。男は照れくさそうに苦笑いをして、真弓の顔をチラと見た。
「…って、いらんおせっかいだったかな。」
「いいえ、そんなこと。…ありがとうございます。あ、でも、大丈夫です。一人で帰れます。」
「そう。…、じゃ、気をつけて。」
「はい。ありがとうございました。」
 真弓はお辞儀をして、男の後姿を見送る。浅黒く、無骨そうで優しそうな男。真弓は、強い人なんだろうな、と、その後姿を見送った後、電車を待ちながら思う。
 電車の窓に雪溶け水が点々と濡れていた。


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