広大な砂漠では真っ赤な夕日が西に沈もうとしている。緑のサボテンが鋭い棘で爬虫類達を威嚇し、コヨーテが獲物を求めて動き始める。乾いた砂が空中を飛び、人の歩いた足跡を消していく。 私はこの夕日が嫌いだ。毎日、毎日血を連想させるからだ。 いつも泣いているこの場所に腰を下ろす。両膝を抱え顔をうずくませる。そして泣く。 今日も失敗してしまった。武帝の仕事を受けて私達の部族はマルスオフの大群と戦った。多くの死傷者を出すが、武帝王に認められるチャンスだった。認められれば巨大国家の一員としてあらゆる優遇を受けられる。それなのに私のミスで部族のリーダーに重症を負わせてしまった。 鮮血が飛び散り、乾いた砂が飛び交う戦闘の中、ミスの多い私はリーダーの護衛ということで後方にいた。その重要任務中にあの『24エコーズ』の1人『ベルゼブブ』の部下が近づいていたことに気づかなかった。リーダーが倒される瞬間、私は氷のように冷たく固まっていた。 すぐに仲間が駆けつけ大事には至らなかった。だけど、もう部族にはいられない。皆の白い目が矢のように私の心臓に突き刺さる。 そうだ。私は向いていないのだ。向いていないのに女だからという理由で敵と戦わなきゃならないのだ。私達の部族では女の方が地位が高いばっかりに。 「…どうしたアナ?」 初老の男が私に声をかけた。部族の長だ。子供の頃からお世話になっている人だ。 「………」 「…ヴォレンスなら大丈夫ダ。彼女は戦士の中でも強く、優しく、勇ましイ。お前のミスなど気にもしないだろウ。それにお前の能力は部族も皆認めていル」 それは私が得たい答えじゃなかった。 「…長」 私は泣くのを止め、辛そうな声で長に話しかけた。 「もう私は戦いをやめたイ。私は戦いたくなイ。血を見るのも嫌ダ。仲間が死ぬのも嫌ダ」 「………」 「何よりも自分自身死にたくなイ。…どうして女だからといって戦わなきゃならなイ? 私は背も小さいし、体も大きくなイ。適正ではないのにどうして戦場に行かなくてはならなイ?」 「それは我等部族が昔から培ってきたルールだからダ。実際我等は男よりも女の方が強イ」 「だけど私には向いていなイ!」 私は大声で怒鳴った。誰に聞こえてもかまわなかった。そしてまた私は泣き始めた。 「…私は子供を生みたイ。いっぱい、いっぱい生みたイ。そしてその子達のために働きたイ。外へ出てマルスオフやエコーズなんかと戦いたくなイ」 「それがアナの考える幸せカ?」 「…うん」 長は黙って空を見上げた。 もう太陽は沈んでいる。暗闇から輝く星たちが姿を見せ始めた。その中の1つが滑り落ちるように流れ、遠くへと消えていく。 「アナ。ここから出て行きなさイ」 「…えっ?」 長の言葉に私は絶望の声を上げていた。
「―あの星のように旅をしなさイ。世界はこんなにも広いのだから―」
(…歩兵が50人。装甲戦車が2車か…。結構厳重だな。いったい何をしようってんだ?) バインは素早く数を数えると、冷静に今の現状を分析し始めた。 (俺が『赤眼化』できるのは最低1時間。これだけの人数なら十分だろう。後はお姉さんがなんとかしてくれる) 「…おい。あいつ、目の色が黒から赤に変わったぞ??」 「マルスオフか? まさかエコーズじゃないだろうな?」 「馬鹿。あいつらは化け物だ。まれに人型がいるようだがあれは確実に人間だ」 兵士達はバインの様子が変わったことに動揺している。 (ちっ、帝国軍第四類を知らなかったわけだ。とんだ田舎出の兵士だぜ。だからこんな辺境来るのは嫌だったんだ…って俺が言い出したんだっけ?) 「…まっ、いいや」 バインは剣を背に乗せると赤い目を見開いた。 (湿気が少ないからあの装甲戦車を止めるのは無理だが銃ぐらいなら…いける!) 「―レトリックの名において命じる。すべての物質を凍らせろ!」 術を唱えると同時に宙へと飛び上がる。5メートル以上飛び上がったので兵士達は口をアングリと開けたまま応戦できない。 「まずは3人!」 バインは兵士達の中へと無理矢理入り込むと剣を一振りする。一瞬で3人の兵がバインの攻撃を受け、後方へと弾き飛ばされる。 「4人!」 後ろにいた兵士の顎に剣を突き立てる。剣には刃がないので、硬い物が激突したような「バキッ!」という鈍い音とともに兵が首ごと宙に浮く。 「…なっ! うっ、撃て!!」 ようやく反応し始めた兵士が銃の引き金を引く。 「!? 銃が凍って…」 バインの剣がその兵士の銃を破壊し、脇腹へと入る。銃は光に反射し、キラキラと輝きながら砕け散っていく。 「5人め!」 「魔術か? 剣だ! 剣で応戦しろ!」 兵士達は凍りついた銃を捨て、剣を抜いてバインに襲い掛かる。しかし、バインは怖気づくことなく、兵士達の剣をなんなくかわし、常人ではありえないような速さで攻撃を繰り返す。 「6! 7! 8! 9!」 4人の兵士が地面にめり込み、木に激突し、痛みでうめき声を上げながら倒れていく。 「ば…馬鹿な…」 バキッ!! 戦意を失い、呆然と立ち尽くす兵士にバインの蹴りが顔の側面に入る。そのままその兵はピクピクと体を痙攣させ、意識を失った。 「―10人めと」 バインの赤い目がその他の兵士を睨む。兵士達は百獣の王に睨まれたように、体に震えと恐怖と困惑が走っていった。
「レベッカー大佐!! 大変だ!!」 「はいはい、知ってますよぉ」 レベッカーは状況を察してすでに戦車の中に非難していた。上部の出入り口からバインが戦っている様子を傍観していたのである。 「なんなんだあの化け物は!」 「彼らは化け物じゃありませんよ。特異抗体体質といって『神脈を繋げる者』。いわゆる『赤眼化』できる人達です」 「人間? 人間なのか?」 「う〜ん…あの跳力、一振りで人間3人を弾き飛ばす攻撃力、手馴れた兵士の剣をあっさりかわす瞬間反射神経、察知能力。さらに魔術には普通煩雑な儀式や長文のような言語による詠唱、及び生贄が必要なのですが、『力を貸す存在名』+『発動言語』の一桁で術を発動させてしまう『一桁詠唱』。そして直接攻撃をしながらも、間接的に敵の殺傷能力の高い武器を封じ込める緻密な戦略。…もはや人間ではないですねぇ。化け物と言った方が正しいのかもしれません」 「どっどうすればいいんだ!」 「答えは簡単ですよ。逃げるんです」 「へっ!?」 「私の国では帝国軍第四類、いわゆる『死帝』と出会ったら逃げましょうという戦術がありますからね」 「たった1人だぞ!」 「わかってませんねぇ。あれは1人でも大軍に匹敵してしまうのですよ。じゃ、私は逃げます」 レベッカーは戦車の蓋を閉じようとしたが、誰かに押さえつけられた。 「?」 報告しにきた兵士の胸が斜めに切り裂かれ地面に倒れていた。レベッカーの耳に冷たい女の声が響き渡る。 「…見つけたゾ。お前が大将だナ?」 その女は太陽を背に斧を首元に近づけていた。氷のように冷たい斧の刃が、首に鋭く当たっている。 「いいえ違います。私は大将ではありません」 レベッカーはすぐに嘘をついた。 「嘘つケ。前線がやばくなったことに気づいたらすぐに下っ端が上に報告に行くものダ。あの兵士は真っ直ぐお前の所に行っタ」 「はは。冗談です。そうです。私が大将です。降参しますからその斧をどけてくれませんか?」 レベッカーは両手を空へと挙げた。 「………」 アナはレベッカーの首元に斧を近づけたまま顔を凝視した。 「おや? これはこれは可愛らしいお嬢さんじゃありませんか? 妖精さんかと思いました」 「…お前、見たことあル」 「気のせいですよ」 レベッカーは微笑みを崩さないままやんわりとアナの質問をかわした。 (語尾に変な言い回しをつけますねぇ…これは高貴な5大帝国出身者ではありませんね。黒色の肌、黒髪、民族衣装、かなり戦闘慣れしている。ハンター…いやどこかの帝国の下請け部族か…) レベッカーがアナを分析し始めると同時に、1人の兵士が仲間を殺され、興奮して叫んだ。 「くそっ! テメーも仲間か!?」 もう1台の戦車がアナとレベッカーに向けて砲弾を向けた。 「あっ、ちょっと。私は降参してるんです。あなた達も無駄な抵抗は止めて降参しましょ?」 「うるせー!! こっちはただの日雇いじゃ!! 誰がお前の言うことなんて聞くか!!」 「ああまったく。これだからこんな部下をもつのは嫌だったんだ」 「愚痴なら死んでから言え!!」 主砲が2人に狙いをさだめる。 アナはゆっくりと戦車に向かって斧の持っていない左手をかざす。血のような真っ赤な両目が主砲を睨んだ。 「―エンプネスの名において命じル。潰れロ」 ドンッ!! 急に戦車の主砲が折れ曲がり、車体へとめり込んでいく。兵士はすでに発射スイッチを押していたので砲弾が途中で主砲の壁にぶつかり爆発した。 「…おやおや…だから言ったのに…」 戦車は火に包まれ、兵士もろとも黒ずみへと化していった。 「うわ〜。こんな化け物と戦うなんて聞いてないぞ〜」 「ちくしょう! 割りにあわねぇ!」 「もう俺やだ〜」 兵士達は2人の強さに恐れを抱くと、蜘蛛の子のように一目散に逃げ出した。 残されたのはアナとバインとレベッカーの3人だった。バインに倒された兵士もいつの間にか逃げ出していた。 「よ〜し。無事終わった〜」 バインは『赤眼化』を解除するとアナの元へと駆け寄った。 「さすがだねぇ。お姉さん。そいつがボスか?」 「そうダ。バイン。こいつを捕まえといてくレ」 アナは戦車から降りると2人の少女の元へと走っていく。
アナが2人の少女の元へ駆け寄ると、コモリがサッとエリカの後ろに隠れた。エリカも得体の知れない人間に警戒の色を隠せない。ただ、遠くで2人の戦いを見て、自分達のために戦ってくれたのではないかという思いがエリカの中に生まれつつあった。 「はは。安心しロ。お前達を苛める奴らは私達が倒しタ。もう大丈夫ダ」 アナは明るい口調で2人に話しかけた。それでもエリカとコモリは気を緩めない。 「ああこの眼だナ。これは魔術ダ。…ほら解除すると赤くなくなるだロ?」 アナは『赤眼化』を解き、2人に歩み寄ろうとする。エリカの方は少しだけ警戒を解いていったが、まだコモリが後ずさりする。後ろには危険な地雷が仕掛けられているにもかかわらず。 アナはそのまま歩みを止めず、2人の少女に抱きついた。 「きゃ!」 コモリは小さく悲鳴を上げると、アナから逃げ出そうとジタバタと暴れる。それでもアナが離そうとしないので「い〜や〜!!」と叫び、ガブリと腕に噛み付いた。コモリの目からは恐怖からか自然に涙が零れている。 「はは!!」 アナは痛がらず、怒らず、逆に楽しそうに笑いながら2人に言った。 「―よく生きてたナ。お前達。えらいゾ。本当にえらいゾ」 アナは2人を押さえつけるどころか、優しく、静かに、嬉しそうに、2人の耳元で囁いた。 「………」 エリカは安心したのか気が抜けたようにアナの腕にすがりつく。 「………」 コモリもアナの腕から口を離した。アナは白い歯を見せて気にしてないように笑うとコモリの頭を優しく撫で、そして包み込むように抱きしめた。 コモリはそのまま安心したように目を閉じた―。
「…おやおや彼女においしい所もってかれてますよ?」 捕縛されたレベッカーは嫌味のようにバインに言った。
「いいんだよ。―あの役はお姉さんの方が適任だ」
バインは3人の様子を見て嬉しそうにため息をついた…。
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