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作品名:堕天使の葬列 第一幕 作者:牛を飼う男

第7回   地雷草原の中で
 記憶は唐突にその場面から始まった。

 降り立った地面は血の臭いがした。
 ザラザラとした砂は鉄の味がする。
 風がふくたびに黄色い粒子が目を閉じさせる。
 ―これが現実なのか…それとも幻想なのか…反転した太陽の下で…

 私はまだ区別するには幼かった。


「おいっ! 立て!」
 長い銃を構えた男が私に向かって言った。成人した男の額からは透明な汗が何粒も流れ落ちていた。それが雫となってポツリポツリと地面に落ち、そのすべてを砂が飲み込んでいった。
「まあ待ちなさい」
 兵士を別の男が止めた。その男の胸にはいくつもの勲章がつけられていた。
「大佐…しかし…」
「賭けの対象は丁寧に扱わないと。そうだろう?」
 その穏やかな声の裏に微々たる狂気を隠し持っている男は、私を子犬のようにひょいと持ち上げた。
 男は私の服をパンパンと払うと穏やかな笑顔で言った。
「お嬢ちゃん。ここにはね。何十という地雷が仕掛けられているんだ。僕達はそれを撤去しなくちゃいけないんだ」
 まるで自分の子供をあやすかのように男は話し続けた。
「だけどね。僕の部下を危険にさらすわけにはいかない。だからお嬢ちゃんのような可愛らしい妖精さんを捕まえて、遊ぶ事にしたんだ」
 大佐の後ろにいる男達が「くくくっ…」と笑った。
 男は私をおろすと前を指差した。
「ここをまっすぐ歩いて行きなさい。もし、お嬢ちゃんが生きて戻ることが出来たのなら逃がしてあげる」
 私は男の言った通り先へ進もうとした。幼かった私は死の概念など理解していなかった。あるのは大人の言う事は聞かなきゃという素直で純粋な思いだけだった。
 だけど私の体が反応しなかった。それは幼いながらも直感で危険を感じた体の正常な反応なのかもしれない。それを見た男はがっかりした表情を見せ、銃の先を私に向けた。
「おじさんはがっかりしたよ。お嬢ちゃんは妖精さんじゃなかったんだね…」
 私はぼんやりと銃口の穴を見つめていた。そこから何が出てくるのか理解ができず、何故男ががっかりしているのかわからなかった。
 男の指が引き金を引こうとした時、金色で綺麗な髪の女の子が私の前に立ちはだかった。
「待って! 私が彼女を連れて行きます!」
 大佐と言われた男は思わぬ登場に少し顔をしかめたが、すぐにまた元の穏やかな笑顔に戻った。
「いいよ。2人で行ってきなさい」
「…行こう!」
 金髪の女の子は大佐の言葉を無視した。そして私の腕を肩にかけると前へと進み始めた。
「あなた名前は?」
「…コモリ」
「私の名前はエリカ! よろしくね!」
 その子はとても明るくそう言った。
「あいつ等大嫌い。村を襲って捕虜を連れてきてああやって殺してるんだわ」
「捕虜? 殺す?」
「あなた両親は?」
「…知らない」
「…記憶がないの?」
「…うん」
「そう…なら同じだね! 私も両親がいないの!」
 エリカはポジテブに返した。それはとても強い前向きな言葉だと思った。
 その後エリカは色々私に話しかけた。親のこと、ペットのこと、友達のこと…。私はただ頷くだけだったが、エリカは気にせず話し続けた。
 ―そして、もう何歩歩いただろう。急にエリカが立ち止まった。
「………」
 あのポジテブで明るいエリカがしゃべる事をやめた。顔には汗が流れ、開いた口から乾いた息が何度も吐き出された。
 ―それはこの先が危険地帯であることを示していた。
 彼女は直感でわかったのだ。これ以上は進めない。これ以上進めば私達は―。
「…うっ…ううっ」
 私の目から涙が流れ始めた。エリカの態度に不安と恐怖を感じたからだ。いや、エリカは不安を誤魔化すために話し続けたのだろう。
「あっ…ごっごめん」
 エリカはすぐに謝ったが後の祭りだった。
「恐いよ…エリカ…恐いよ」
 私はエリカにすがって泣き続けた。恐怖が私を覆い、心を握り締めた。その痛みが涙となってエリカの服を濡らしていく。
「……コモリ!」
 エリカは急に大声を出して空を指差した。私は涙を流しながら嗚咽を止め、エリカの指先を見つめた。
 …そこには青い空が広がっていた。

「―空を見上げながら歩いて行こう。お父さんもお母さんも天国にいるはずだから―」

 エリカの指の向こう側に天国がある…。
 
 私は見た。


「…大佐。あいつ等立ち止まりましたぜ」
 射撃者が望遠鏡を覗き、エリカとコモリが立ち止まったのを確認した。
「そうですか。これから面白いことになりますねぇ」
 大佐は地図を広げ地雷の位置を確認している。その地雷には番号が振られておりそれぞれに賭け倍率が書かれている。
「しかしいいんですかい? クロトカゲに言われたとおり陣は造りましたがこんな遊びしてて」
「結構な額をいただきましたからねぇ。この国の貨幣は銀や金の含有率が高くて他国で売れば差額分儲かりますしね。それだけ今後は仕事をしなくてすみますでしょ? だけどこのために購入した武器や地雷が錆びついてしまいます。永久に使える物は存在しませんからねぇ。もったないから使えるときに使っとかないと」
 大佐はニヤニヤ笑うと5という番号に金貨を置いた。
「しばらく待てばまた動き出しますよ。逃げ出せば撃ち殺すだけです。さああなたたちはどこに賭けますか?」
「…じゃあ俺は逃げ出すほうに」
 兵士の1人が欄外の賭け倍率に金貨を置いた。
「ほほ。まだまだ甘いですね。あの金髪の少女の目を見ましたか? 彼女は逃げ出しませんよ」
「それはすごい。それではあの地雷草原に立ち向かっていくと?」
「違いますよ。彼女は逃げ出せないことがわかっているんですよ。―あれは『絶望』を知っている目ですからねぇ」


「…うん?」
 見張りの兵が何かを見つけた。
「おい! 待て!」
 それに声をかける。その人物は立ち止まる。
「…何者だ?」
 兵士は銃口を向けた。銃口を向けられた男はニヤリと笑った。
「…帝国軍だ。ほれ。これが身分証明書」
 男は兵士達に見せびらかすように手の平ほどの四角の免許証を出した。その身分証明書には帝国軍第四類・バインと記載されている。
「帝国軍? あの巨大国家の軍隊か?」
 騒動を聞きつけて何人かの兵士が駆けつける。それぞれ銃と腰には剣を携えている。それでもバインは動揺することなくただ余裕の笑みをうかべている。
「ここは管轄外だろ? 捜査権はないはずだ?」
「捜査権はなくとも『まともな』ことはしてないだろう? あそこにいる2人の少女。…なぜあんなところに?」
 バインは遠くで立ち止まっている2人の少女を指差した。
「ああ。あれはどっかの村から逃げ出した子供たちさ。俺達が保護してやろうと見張っているんだ。下手に近づくと逃げ出すんでね。それにあそこは『誰が仕掛けたか』しらんが危険物も混じってる。俺達も近寄れんのさ」
「それなら俺が助けてやるよ」
「それは駄目だ。お前が危ない」
「平気さ。こういうことには慣れてる」
「じゃあしょうがない。行くといいさ。俺達は邪魔をしない」
「信用できんね。まずはその危ない物おろしてくんない?」
「そうかいわかった」
 兵士達は銃口をバインに向けた。
「…それが答えかい?」
「まあね」
「…はぁ〜。なあお前等。俺が帝国軍第四類だとわかって何を感じた?」
「? 別に何も? どっかの軍隊の一兵卒だろ?」
「無知ってのは時に怖い者知らず生むものだ」
 バインは笑いを止めると剣を抜いた。その剣には刃がなく、丸い棒のような形をしている奇妙な剣だった。

「―無知ってのがどれだけ怖いか教えてやるよ―」

 バインの黒い目が獣のように赤く染まっていった…。


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